2010年08月19日

極限の厄落とし

緊急帰国したのが、いつだったか忘れた(笑)。

昆明で家内から連絡を受け、母が危篤であることを知り、

通訳のシュウさんらの尽力により、帰国便の手配をしてもらった。

自分の仕事は倉澤コーチと、

自称「チーフマネージャー」篠崎クン、練習係の前田クン(両者、体育学科)に引継ぎ、

まだみんなが寝静まっている時間にホテルを出たて、空港に向かった。

 

あいにく国内では台風通過で、その日に故郷行きの飛行機が欠航になってしまったが、

大阪から翌朝の便で帰京。

・・・で、

今に至る。

 

私が不在だった10日間程度の間に、家内が大変な思いをしながら、

素晴らしい対応をしてくれていたおかげで、

最初の頃は私自身の仕事はそう激しくなかったが、

入院した母よりむしろ、生活能力のない父の方が、

その後大変なことになった。

とりあえず最悪の事態は逃れたが、

実家が「一家壊滅寸前」になってしまったことは、

長男として非常に重く責任を感じているところである。

 

父は、高卒で軍備関係の工業系の仕事に着こうとしていたが、

なぜか公務員となり警察学校に入った。

乗り物好きが高じて交通機動隊に入り、

30年間勤続で表彰もされた、バリバリのバイク野郎だった。

あまりにも現場が好きで昇級試験さえもパスしていたが、

母に促されながら勉強し、どんどん昇進し、

定年退職するまでの間、よく働いた。

しかし、退職後は、

「天下り」などが各所で問題になる世の中になり、

その社会現象が父にも飛び火し、

不本意にも、彼は余生を生きるための仕事には就けなかった。

さりとて、その他の職業訓練を受けていたわけではないので、

もう15年くらいは、退職金と年金でもって、

ほとんど母と二人で「毎日が日曜日」の生活だった。

そこから、両親の生活力の低下が始まり、

ここ数年はかなりそれが急激な変化となって、

我々もどうしたらいいものか、悩んでいた。

特に父は、それまでは仕事の付き合いなどで飲みに出たりすることが多く、

野菜も魚もそれなりに食していたのだが、

そういった付き合いがなくなったとたん、

肉・肉・肉の毎日になり、

野菜は一切食べなくなった。

ちょうど、今のウチの水泳部のショートの広〇クンや、

長距離の茂〇クンのような食生活になってしまったのである(笑)。

そこから父は高脂血症が起こり、脳への酸素・栄養素の供給量が低下し、

脳萎縮が始まった。

なので、先ほど挙げた二人を含む、

ウチの選手で野菜嫌いの君たちも、

あと数年その食生活を続けていたら、

就職する頃にはうまいこと脳萎縮が始まるから(笑)、

今のうちに改善した方が良いと思うよ。

競技者としてでなく、それ以前に人間として、

きちんと生きるために・・・ね。

 

で、話を父に戻そう。

 

数年前、私は「このままじゃ、そのうち父はボケる」・・・と危機感を得て、

東京に来いとか、

食事の宅配を頼もうとか、

運動か何かするように仕向けたりとか、

色々と挑戦した。

しかし、どれもこれも全く聞き入れてもらえなかった。

そうこうしているうちに、昨年末に父は血尿からの「膀胱がん」発見となり、

1月に手術で小さいながらも多くのがんを除去。

そこから半年間の通院と放射線治療。

一応、転移は認められなかったものの、

もう一つ別に潜んでいた病気が刻々と進んでいた。

で、今回の大惨事寸前・・・と相成った。

 

最初は母の危篤のための帰京だったのに、

その母は少しずつ回復していて、

気がついたら主役は父に代わっていた。

どんな親や!(笑)

 

日ごろ、時折マスターズの指導をしたり、

健康運動指導の現場を見たりして、

いつも高齢者の運動機会の必要性を感じていたが、

我が両親こそ、本当はそういう習慣づけをしてやらねばならなかった。

いや、やったけど、運動のフィールドに出てくれる事は、

最後の最後までなかった。

自分の力不足だった。

今回の一件の後、両親がどこでどう生きるか、

まだまだ不安なことは多い。

しかし、これから高齢になる我々は、

この反省を日々の鍛錬とその普及につなげ、

こういった不幸な家庭が減るよう、努力せねばならない・・・と思うのであった。

 

まだそれらのコトはすべて片付いてはおらず、

継続的に様々な対応が必要となるが、

まずは、緊急で二人の人命がどうにかなってしまう状況だけは、

回避することができた。

ご迷惑をおかけし、ご協力いただいた多くの方々には、

改めて感謝申し上げひれ伏すしかない。

 

ただ・・・、

もうインカレ前に「何か」が起きるのは、

正直、

勘弁して欲しいのがホンネである。

「厄落とし」というにはあまりにもキツ過ぎる。

昆明から帰国後の私の記憶を、

一気に消してしまえる消しゴムを、

是非、中田クンに出してもらいたいものである(笑)。



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この記事へのコメント
奥さまの献身ぶりは、友人として誇りに思っています。
ぜひ、ほめてあげてください。
そして、お母様お父様、くれぐれも、お大事にしてください。
Posted by dulce at 2010年08月19日 22:09