以前、シンクロのトレーニングを見に行った際に、
プロのダンサーの方が指導されていらっしゃるのを見て、
いたく感心したというか、考えさせられたことがあった。
「なぜ、この動きが美しく見えるのか?」
についての問いかけを、
日々・・・いや、Breath by breathくらいの頻度で考え抜き、
やっとその動き(というか表現方法)を見出すのだと、
で、それが見ている人の視線を引きつける演技になるのだということを、
学ばせてもらった。
同じことがプロレスでも言えていて、
ヘッドロックひとつを大事に使うレスラー、
そしてそのヘッドロックでギブアップを奪える力量をもつまでに成長できるレスラーこそが、
本物のプロであると、私は確信している。
スポーツ実践者で、しかも究極の地位につこうとしている選手は、
当然、究極の身体知を持つ者であることは言うまでもない。
しかし、その身体知を得る過程で招かれる、
「究極の思考の混乱」を恐れずにチャレンジできる資質を持つものが、
そこに到達できる権利を有すると考える。
指導者とて、同じである。
今日、私が昼休みのちょっとした仕事の合間にプールで練習していると、
ライフ2年の若井がプールに来て、
3限で行うデモンストレーションのための、極秘練習(笑)をしていた。
一つ一つの動作を行っては、首をかしげる彼女を、
今度は4年の府川が一緒に水に入って、
あれやこれやと検討を始めた。
誰に言われるでもなく、こういった行動が取れることが、
一流に近づくための必要条件であると、私は思う。
ダンサーでも、アスリートでも、
物事を人に伝えることを仕事とする指導者であればなおさら、
「常に思考を転がす」姿勢がなくなったときに、
成長は終わる。
私の授業を手伝っているSAの意識は、昔からかなり高いと思うが、
今日は久しぶりに、そのことを実感できた。
彼ら、彼女らのためにも、
手を抜いた授業はできないと、改めて身が引き締まる思いだった。
体重は一向に変わらないが。