今日は、講義+演習が一コマずつ。
あと、今日の最後は5名で担当するオムニバス講義を、
次回私が担当することになっているため、
ネタあわせも兼ねて、学生に混ざって聞きに行った。
受け持っている演習は、2年対象の必修科目である。
体育科学の基礎研究の入り口になるような授業であるため、
常にアップデートな話題を通じて、科学の本質を捉えることを念頭におきつつ、
内容を構成している。
以前は「亀田問題について」とかでディベートもしたし、
「茶髪とピアスについて」などの話題を、
授業のウオームアップ代わりにみんなで意見を出したものであった。
「答えのないところに、答えを求めること」も、
やはり常日頃のトレーニングが必要なのだ。
本学体育学科は、卒業論文(論文作成)と卒業演習(通常授業)を、。
4年次必修として選択できるのだが、
こんなことやっているせいか、私の演習出身者はなぜか、
卒論作成に流れる傾向が強いことは、
この授業をやっている人間としては、指導者冥利に尽きる。
さて、今日の授業では、最初に課題レポートの作成方法などについて解説をしたあと、
かなり時間が空いたので、
「水着選択」をネタにしたディベート大会を行った(笑)。
三人一組で、予めS社の水着を五輪で使うことに対する「肯定派」と「否定派」を指定し、
それぞれの主張をせよ・・・というやつだ。
私から「S社」が「M社」から離れた経緯と、
現在の国内3社について。
そして、しばらくの間五輪では、
日本代表はその3社の水着しか使用できないことなどを、簡単に説明した。
その後、今日の日刊スポーツの記事を紹介し、
私が所有しているFS−Proとエールブルーを実際に触ってもらったりして、
水着事情を説明した。
日本選手権での「こちら側の話し(笑)」は一切触れず、
あくまでもニュートラルな説明に終始した。
先週は私が不在だったため休講であったから、
今回が初めてのまともな授業であったこともあり、
最初はみんなシャイだったが、
徐々に論議も白熱し、いろんな意見が聞かれた。
そして、最後に全員で、ディベートでの設定された立場はカンケーなく、
自分はどう考えるかを、ショートレポートにしてまとめてもらった。
結果・・・出席者31名中、
肯定派=23名 否定派=6名 どちらでもない派=2名
であった。以下は、学生たちの主な意見を抽出したものである。
「個人的に疑問なのは、日本の連盟が許可することに賛成、反対以前に、このようなスポーツで使用する道具の優劣は、スポーツの平等性に反しないか?ということです。例えば、後進国だったら、良い道具を使えないだろうし、練習と結果以前に、そのような格差や不平等さがあるのではないかという疑問です」
「選手も勝ちたいと思っているわけだから、S社の水着を着させてあげて欲しい。もしメダルが取れなかったら、S社の水着を着させてあげれば勝てたのに・・・などとマスコミなどからも批判も来ると思う」
「日本の選手だけが使えないというのはおかしい。使用不可にしている意味がわからない。しかし、そこにある経済や社会秩序などといった、人間の生活の根本に絡めると、また違った意見になるのかもしれない」
「もう根性一筋の時代は終わっていると思う。何故、実績として出ている近代の科学を、質のいい水着を着ようとしないのか?」
「国内3社がもっと良いものを出すかもしれないので、否定」
「オリンピックでメダルを争っている選手のレベルは、そう差がないと思うので、だいぶ水着によって順位がずれたりすると思う」
「野球だって、バット1つの1gが変わるだけで打てなくなってしまったり、靴の形が変わるだけでタイムが遅くなってしまったりする。だから、勝つためには自分の実力も大事だが、やはり道具も大事である。日本の選手は金メダルを取る実力は持っているので、関係者たちも全力を尽くして、勝てるようにバックアップすべきである」
「選手の人たちは、勝つために365日費やして、厳しい練習を積んでいて、使用する水着で0.7秒も違いが出るなら、本当に喉から手が出るほど使いたいと、選手は思うと思います」
「オリンピックは、全てが結果という感じで、世間から評価されるので、やはり結果を求めるなら練習は当たり前だが、道具とか食事に関しても同様に気を使わなければならないし、そう実行しないと勝てないので、今までの歴史も大切だが、今を大切に着用した方が良いと思う」
「外人はその水着を着ていて、日本人だけが着れないというのは、本当の勝負ではない。不平等さが出てしまう。平等な場を作るのが競技関係者の仕事だと思う」
「選手は、『良い試合』をするために厳しい練習に耐えるのではなく、『勝つ試合』のために、様々な努力や工夫をするのだと思う。「いい水着」を着るというのも、一つの工夫であると思うし、自分に合う道具を選ぶということは、非常に重要な要素だと思うので、S社の水着の着用には賛成である」
「水着がいかに凄くても、使う人間が凄くなければ意味がないと思う。だから練習しなければいけないと思う。最後に勝てれば、どちらでも良いと思う」
「本来スポーツというのは、身体と身体のぶつかり合いだと思うから、こういった道具に頼り記録ばかりを求めていくのは、少しずれているような気がする。しかし、時代が変わり技術も進歩しているのだから、このような結果が招かれたのも、必然的であると思うから、その時代時代に合ったものを作ってゆけばよいと思う」
「○○(競技)の世界で実際にあることで、メーカーのプリントだけを張り替えて、ルール上問題のないメーカーのものにしてしまえばいいのだと思う。人間にも体力や技術の進化があるように、道具にも進化はあっていいと思うし、それを止めてしまうようなルールは、あまりよくないと思う。ただし、ドーピングのように後々人体に影響がでて、健康を害してしまうようなものは、やめるべきである」
「決まりごとは、やはり守らなければならないと思います。世の中、不公平なことばかりだと思います。その中で生きているのだから、不公平だとしても、それを乗り越えるくらいの強い気持ちで臨むことが、重要なんだと思います」
「○○(競技)でも、スパイクのポイントの数や形などを自分に合うようにするし、某国の代表チームは、ユニフォームの素材を薄くして、相手選手が引っ張ったらすぐ破れるようにして、相手にファールをさせないようにした。そういうのも、技術の進歩だと思う」
「勝ちたいと一番思っているのは、競技する本人であって、その本人が安心して信用できる道具を使わなければ、結果にも影響し、納得できないと思う。これからの日本のチームが本当に勝ちたいと思うのならば、(連盟のルールを)改正しなければならないと思う」
「着れば速くなる水着は、コルクを入れたバットのようなもので、着ないほうがいいと思う。自分の身体一つで勝負すべきだ」
「記録を出したり、メダルを取るということは、選手にとって、とても大きな意味を持っていて、それで企業に雇われて給料をもらいながら選手を続けられたりなど、人生にとても関わってくることです。私がもし、他社の水着を着ていたら、その会社との関係もあるので、S社の水着を着るのは難しいことだと思いました」
「目先のおいしいものを受け取るか、そうでないかだと思う。どこのブランドが・・・とやっているようでは、なんだか足元がフラフラしている感じがする。商品開発部、頑張れ」
・・・最後の「商品開発部、頑張れ」が、
この問題の本質を鋭く捉えているように思えるのだが、果たして。