やるだけのことはやったものの、
原さんについては、やはり残念な結果だった。
まずは原さんにはこちらの能力が足りず、申し訳なく思った。
応援してくれていた平野、倉澤コーチや、
暮れから栄養指導をしてくださった今井先生にも申し訳なく思うし、
プール使用に協力してくれた碑文谷の仲間たちや、
彼を励まし続けてきたドラたち練習係の面々にも申し訳なく思い、
合宿などで協力していただいた、
静岡県水連の皆様や現場コーチの皆様にも申し訳なく思うし、
なおかつ、ペプチドEXやラクトフェリンの提供など、
フリースタイル社のスポンサードをしてくださっている、
森永リブウエルの皆様にも、
長年「機能性食品素材D-リボース」の提供でお世話になっている、
田辺三菱製薬の皆様や、
さらに、ヘム鉄サプリメントを無償提供してくださっている、
伊藤ライフサイエンスの方々にも申し訳なく思い、
加えて野田先生、小沢先生、黄海先生、白水先生ら、
優秀なトレーナーの皆様の期待にも応えられなかったし、
レース分析スタッフとして参加した、
院生、学生のみんなや、
彼に水着を提供してくださった、SPEEDOの皆様、
彼が合宿で不在中に仕事を引き継いだスタッフにも申し訳なく思い、
それらを数々の説教とともに支えた、
後藤社長にも申し訳なく思うし、
フリスタの会員さんたちやジュニアキャンプなどを通じて応援してくださった皆様にも、
勝負の厳しさや冷酷さは伝わっただろうが、
声援に応えることができなかった自分の力が歯がゆく思う。
この2ヶ月間。
毎日がまるで「詰め将棋」のような生活だった。
常に「そのときにやれること」を探りながら、日々のトレーニングを作った。
というのは、やはり「やれないこと」や、
「やれなくなったこと」が多いからである。
しかし、そのおかげで実にさまざまなことを学ぶことができた。
結果は残せなかったが、
お腹周りに比例して成長した自分がいるのも確かだ。
必ずいつかこの経験を生かすことができるだろうと確信はしている。
その点については、皆様に深く感謝したいと思う。
さて、泣いても笑っても最終日。
この時間、徐々に選手がプールに集まりだした。
サブプールで泳いでいるのは3名だけ(笑)。
そして。今。
尚人は五輪で着る水着を、
さまざまなサンプルの中から探っている。
昨日の時点での私の提案は、
脚がMIZUNOで、
胴回りがASICSで、
上半身がARENAという、
「MIZRENASICS」になる見込みだが、
果たして・・・。