あちらの私に言われると、確かに私の「笑顔の源」はいろいろとありそうだ。でもいざ考えると、さくっと出てこない・・・そんなことは世の中何度でもある。
昨日の古泳会に来てくれた、高校・中学の非常勤生活を送っているOBのタカツグが、念願だった東京都の教採に受かったことを報告してくれた。
彼は武将と同期であり、人一倍教職に情熱を傾けた熱い男である。私のもとで卒論を書き、卒業後非常勤生活で苦労していたが、教育実習の際にもかなり高評価を得た実技指導には定評があり、早く「その場」に就かないかと期待されていた男である。
武将はその後大学院に進み、F社の戦力として活躍しながらも大学の教員として非常勤ながら頑張っているし、同じく同期の江森は、すでに某付属高校の常勤教員となった。タカツグは一人だけ遅れてしまったが、彼もようやく日の目を見たわけである。
彼は私の顔を見るなり、「先生に報告があります」とそのことを伝えてくれた。祝福の握手をしたときのグリップの強さに、彼の「気持ち」が伝わってきて、これもまた私の「笑顔の源」である。
その後、千葉県某所からみんながいることを伝え聞いた普及会OBのこれまた「熱い男」O椋が、下高井戸にやって来た。しかし、顔にいつもの覇気がない。同期の連中に聞くと、晴れて正教員となった彼は、現在「モンスター・ペアレンツ」に日夜悩まされているという(笑)。いや、笑い事ではないのだが、久しぶりに仲間に会って、愚痴をこぼしながら、さらに仲間の成功を祝いつつ、幾分元気になって千葉に帰っていった。
そんな若い連中の頑張りを思い出しつつ、今日やるべき仕事がやけに早く終わったなぁ・・・と思って帰宅したとたんに、今日締め切り(っていうか、やや遅れ気味)の原稿を思い出した。まるで、100m40本の制限タイムつきを全部クリアしたのに、その後もう一回20本やり直しを食らった中学時代のような気分であった。仕方なしにパソコンに向かい、さっき原稿を送った。
さて、今日から「日大文理のアスリート列伝」の展示会が開催されている。体育学科出身のメダリストの栄光が「これでもか!」というくらい、例えるならジャンボ鶴田のラリアットーコブラツイストージャンピングニーーバックドロップの如く、波状攻撃状に展示されている。
しかし私は知っている。そこに展示する資格はないけれど、想像を絶するほどの多くのアスリートが、血のにじむような努力をしていた姿を。
そして歴史に残らないながら「歴史をつくるための土台」となった多くの経験が、この学科には存在することを。
その土台を作る過程で、教員と学生が共に歯を食いしばりながら、何度も「笑顔の源」を探りあった日々が、50年にも渡り積み重なっていることを。
ぜひ、その歴史の「氷山の一角」を見てさまざまなことを感じるために、下高井戸までお越しください。
で、ついでに木八のラーメンでも食べて行ってください(懐)。