2007年10月15日

傷跡は語る

「クイズ500のこと」は爆笑もんだった。これは是非フリースタイルの忘年会でも導入すべきだ!と思った。誰の「500のこと」をやるかは、未定。原や鈴木じゃないことは確かだ(笑)。いや、むしろこのブログでリクエストしよう。

その後の「うるぐす」は土曜の続きだったが、小林氏の話で泣けてきた。「周りから今でも『あの(ときの)こと(〈空白の一日〉によって巨人から阪神へトレードされたこと)』を聞かれるけど、自分では一切忘れるつもりでやってきた。だけど、(阪神で)いくら頑張っても、結局ことあるごとに『あのこと』に(話題が)戻るんだ」

本音では、絶対に一生忘れることはないのは解っているんだけど、頑張れば頑張るほど、振っ切ろうと思っても切れない自分の存在もわかってしまう。

一生忘れることのない心の傷を持つ人たちは、傷跡が残らないくらいに多くの成果を挙げる。しかし、その過程では、ふとしたことで当時の傷跡を「見せろ」といわれたり、更には傷跡をえぐられるような目にあったりもする。ボクなんかでさえ、やはり3度チャレンジして1度も五輪に行けなかったことや、指導者になりたての頃、一度もインカレで総合優勝できなかっただけでなく3位転落までさせてしまったことなどは、その傷にあたるものかも知れない。これとて、記憶の悪いボクでさえ一生忘れることはできない思い出で、いつか癒える日が来るのかな・・・と思っていても、その日はどんなに頑張ろうと、どんなに成果を挙げようと、なかなかやって来ない。しかし、その日が何で来ないのか?を、この対談を聞いて悟った気がした。

「でも、キミ(江川氏)もそうだったんだろ? それを乗り越えて来たわけじゃない」

対談相手の江川氏もまた、当時は「悪役」となり、記者からも「いじめ」とも取れるような質問を貰うことが多々あったという。その度に批判に耐えてきた。しかし、引退会見の際に、「小林さんに謝らなければならない」と言っていたのが印象的であったくらい、江川氏もまた悩み、苦しんだ末に大投手となった。

二人が共に引退が早かったことは、そんな心の傷との闘いが、選手寿命を縮めた可能性を示唆するものと思われる。しかし、二人とも「自分の思ったような球が投げられなくなった」ことが引退を決めた要因であるという。同じような心の傷を持つ大投手同士、大いに共感する部分があったというか、この二人にしか共感できない感情があったのだろう。江川氏が、その後番組の仕切りに入るまでにしばらくの間、その目に涙を溜めていた表情が印象的であった。

・・・そんなことを考えながら、今日は電車で寝てしまった。起きてすぐに目的地に到着し、ぼーっとしながら階段を降りているときに、突然左足首に痛みが走り、3段程度だが派手に転倒した。ついでに、カバンの中の電子辞書の液晶にも亀裂が入った。

同時に、ボクの水泳指導者としての寿命も、そう長くはないだろうなぁ・・・と思った。



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