今日、何気なく週プロを読んだが、巻頭言を読んで驚いた。
このブログではおなじみだった「週刊ファイト」の、元編集長であられた井上義啓さんが、12月13日に胃がんのため他界されたとのこと。
氏は、「プロレスファン」を超えた存在を「プロレス者」と定義され、多くのファンを持つ「ペンで戦うもう一人のレスラー」的存在であった。その歯に衣着せない文章でありながら、さくっとプロレスに対する愛情を表現される記事の数々は、私も原稿作成の際に、恐れ多くも随分参考にさせてもらった。取材が深く、スポーツを見る目を肥やすことがどれだけ大事か、また情報に対する意識の高さも、記事を通じて教わった。
是非一度お会いしたかったのだが、かなわぬ夢となってしまったのは、大変残念である。
しかも、亡くなられた時期が、週刊ファイトが休刊になってすぐであったことから、同紙が休刊になり、生きがいが半減したことが寿命を縮めたのかとも考えられる。あるいは、生涯独身を貫き、プロレスに対して全てをささげてきた人生に、そろそろ疲れたのか・・・。病名が胃がんなので、それ以前に随分と数々の団体と喧嘩しながら記事を書かれたことの心労の蓄積から来るものだったのかは、定かではない。
傍目から見ると、「好きなことを極めた楽しい人生」のように思えるかもしれないが、実際には様々な団体と取材を通じてトラブルもあったようだし、苦難の日々ではなかったかと推測する。その日々の中で、ファンとプロレスについて話をする「喫茶店トーク」の時間が、唯一、氏が心和ませつつプロレスを楽しめる時間ではなかったかと思うのである。
「好きなことを続ける」のは、傍目では凄く楽しそうに思えるだろうが、実はそれも大変なことだし、様々な障壁を乗り越えなければならない。私もよく「好きなことで収入を得られて、羨ましい」といわれるが、実際には身の回りには大変なことばかり起こり、正直、うれしいことよりも、辛いことのほうが遥かに多いということは、誰も知らない。むしろ、生業にするものと楽しみは、別の方が、普通に、かつ常に新鮮に楽しいと感じることができるというものである。
しかし、自分が生きがいにしたものに対して、常に正面から向き合い生き続けた姿に、感銘を受け、辛いながらも「私もそうありたい」と思える自分がいるということは、私の中にもまだ、その資質が若干あるのだろうと、そんなことを、井上氏の訃報を機に、再度考えさせられた次第である。
返す返す残念だが、氏のご冥福を祈りたい。そして、氏がおそらく最後に見たかったであろう、新日本のドーム大会を、これから眠いのを我慢してテレビで見届けよう、と思うのである。合掌。