土曜夜、天山対棚橋を見たかったのだが、12時を過ぎた時点で遅くまで起きる自信がなくなり、VTR録画して、日曜朝に見た。
いい試合だった。プロレスの中の試合では、かなりレベルの高い試合であったように思える。解説の山崎一夫さんが「二人ともお客さんへのパフォーマンスが少なく、相手に集中している」と言っていたが、以前ドームで行われた、ノアの「秋山対小橋」に匹敵すると言っていい迫力だった。どちらも生で見ていないのでなんともいえないが、恐らく生で立ち会ったら凄くインパクトのある試合だったのだろうと思った。特に、エプロンから場外へのブレーンバスターを受けた小橋には、見ている方が呼吸困難になりそうであったし、天山のエプロンから場外鉄柵へのカーフランディングを受けた棚橋を見ても、画面越しにその衝撃が伝わり、一瞬息が止った。
選手は日々進歩したトレーニングによって、筋力やパワーが向上しているはずである。その中で、より「重い技」を受けるには、相当な受身と度胸が必要なのではないか? 例えば受身を反復することでできる受けの強さは、トレーニングによってそれなりに鍛錬される。チョップを受けるのも、その手の練習により慣れるはずだ。しかし、「凄い高さから落ちる(技をかけられる)練習」なんて、そうそう出来るモンではないから、身体が慣れるなんてことはあり得ない、なのになぜ、彼らはそれをやってのけるのだろう? 日々の鍛錬以上のことを、試合で見せることができるのか?
こういったシーンを見ると、我々のトレーニングの勉強に限界を感じる。どこの書籍を漁ったって「なぜそんなことが出来るか」なんて話しは、せいぜいスポーツ心理の本に、「火事場の馬鹿力のメカニズム」として触れてあるのが精一杯で、そのほかには一行も書いてないのだ。しかし、そんなシーンこそ、そのアスリート自体が持つ「心意気」というか、勝つための「覚悟」なりが見えるような気がしてならないし、最終的にファイナルに勝ち残るのは、その「心意気」や「覚悟」の備えている人間だということは分かっている。
ならば、その「心意気」や「覚悟」はどこでつけるのか? と問われれば・・・今のところは残念ながら「練習」や「日々の自己分析」の積み重ねと言うしかないのである。天山は小島聡戦で、60分フルタイム寸前で脱水症状によりダウンし、ベルトを明け渡してから、トレーニング方法を変え食事管理も行うようになり、タイトル戦線に復帰した。棚橋選手はトレーニングだけでなく、プロテインなどの取り方も自分で研究し、身体づくりをした。さらにはトレーニング以外のところでも、毎週、週刊ファイトにコラムを書きながら感性を磨いた。そのバイタリティは、返し技の発想の豊富さにも成果となって現れていると思えるのである。
二人の地味な努力も派手な努力も、「嫌だな」「うっとうしいな」と思いつつ、どこかで踏ん切りをつけ、「自分からその渦に入っていく」ことを繰り返すことで、徐々につけてきたものなのだろう。これは多分、スポーツ種目の枠を越え、トップアスリートが持つ共通の資質だと思う。
さて、今年引退するディープインパクトは、その精神的資質を持っているのだろうか、馬に聞かないとわからないか・・・。さらに、本人は「引退」を自覚しているのだろうか? 謎は謎を呼ぶ。私もまだまだ、勉強が足りない。(文中敬称略)
私の机の上を所狭しと走り回るこの名馬たちは、一体どうだったのだろう?
勿論、「名手岡部」元騎手は、その資質を持っていたはずである。

