2006年07月28日

船酔いその後

本当に辛かった。

生まれて初めての船酔い。車酔いは幼いころ何度も経験したが、船酔いがこんなに苦しいとは思わんかった。

遠泳の楽しみの一つに、その完泳後に出される「お汁粉」がある。学生たちは喜んで何杯もお代わりしていた。それらは教員にも出されるのだが、あれほどまでに無駄に強かった私の胃はまったく甘いものを受け付けず、ついに最後までお椀に手をつけることはなかった。いつだかの王監督について書いたことでバチが当たったか?

「え? 先生もですか? 実は僕もかなりきつかったです」

後半の遠泳で先導船に乗った高村が、そう一言漏らした。

「いや、きつかったなんてもんじゃない。本当に込み上げたものをどこに出そうか考えてるくらいだったさ」

「そういえば、目黒もそう言ってました」

救護船に乗っていたもう一人の学生指導員の目黒君も、同様に船酔いした模様。

そのくらいの大波を乗り越えての遠泳全員完泳。やはり学生たちは、あらためてよく頑張ったものだ。

さて、その日の午後は少し日が照ってきた。ようやく臨海実習らしい気候になった。午後の内容は、泳法テストやCPRテストがメインだが、レスキューボード体験や、班によっては簡易シンクロ(笑)なんかやるところもあった。やや時間は押したが、それぞれの班の指導員がみな工夫して指導にあたっており、受講生もそれを楽しんでいた。

ボード体験

(左;様々な救助機材を使ったレスキュー方法の体験。やっと乗れたボードにご満悦の模様)

 

 

 

擬似シンクロ

 

(左;ウオーターボーイスよろしく、海中シンクロか? 塩水なのでバレーレッグくらいはなんとか?)

 

 

 

その日の最後には、恒例のレスキューデモンストレーション。

旧式の救助法と、レスキューボードを使用した新式の救助法を、ライフの学生たちがみんなに見せる。指示を出しながら、新北チーフが解説する。学生たちは、特に旧式の救助法のデモの際に、かかっている手間や動員している人数に驚く。近年の救助技術の進化は著しいが、どんなに手間は変わっても、人一人の命の重さには変わらないし、失うことよりも救う方が難しいのである。

レスキューデモ

 

(左;溺者発見っ!)

 

 

 

 

生きることができる人は、ネバー・ギブアップの精神を忘れず行こう。神様は、「乗り越えられない試練は決して与えない」のだから。

さて、このデモに驚いた人は、ぜひライフセービング競技会での「アセスメントテスト」を見ていただきたい。きっと驚愕するに違いない。

沼田さんと

 

(左;全日程を終了して。沼田さんを囲んで)

 

 

 

夜に、同じ岩井で臨海実習を行う日大二中で指導のお手伝いに来ている、ウチのSAの晃子、彩子と、同じ3年26組の山田に会った。3人ともトライアスロンサークルの一員で、他のサークルの学生達と同校の指導を手伝っていた。一人あたり7名前後の生徒を受け持ち指導を行っているようで、相変わらず元気そう。

私;「お前らのところは遠泳いつ?」

晃子;「今朝上級班がやる予定だったんですけど、中止になりました」

ゲゲッ、やっぱり結構無茶やったんかな・・・。しかし、ウチがやったこと、そして全員が完泳したことを伝えると、「死霊のはらわた」に出てくる主人公の如く、3人とも驚きの表情を浮かべた。

ちなみに、他にも岩井で中野区の公立校の臨海実習を手伝っている本学の学生もいたようで、岩井には日大旋風が巻き起こっているようでもある。

26日

翌日、ついに梅雨前線は分断され、快晴の中で閉校式を行い、ガイダンス無断欠席者などに対する、ペナルティの補講も行った。

 

 

補講者は皆一様にテンションが低かったが、晴天の中の海をそれぞれが満喫した模様。おそらく全員が初体験である「ラン・スイム・ラン」も短縮版で経験し、皆脚をパンパンにさせた(笑)。

指導者は、ただ指導するだけでなく、指導しながらも実は指導されている人たちからいろんなことを教わることで成長できる。毎年臨海に来るといろんな目に会うが、今年もまた自分が成長できる手応えを感じた。ちなみに、食事があまりにもよかったため、体重が少し成長してしまった・・・。

水平新

そして、高村の漢字忘れは、依然として変わることはないのである。

 

 



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