しかし、いつ何時でも戦う姿勢が整いつつある学生達は、勇躍遠泳スタート地点にやってきた。
この後起こる様々な障壁を乗り越えられるかどうか? 天は果たして味方となるか、獅子が我が子を谷底に突き落とす、鬼親父となるか?
幸いにも、夜の気温が比較的低く、学生達は十分な睡眠時間が取れているようだ。また、昼間の直射日光を浴びることによる一時的な過労状態に陥っている学生も皆無である。例年、晴天が続くと必ず4、5名程度は発熱を訴えてくるものだが、今年はそれがない。2件ほど発熱っぽい男子学生と、やや体調を崩しそうな女子学生から申し出があったが、一緒に帯同して下さっている先生方の多大なるご協力もあり、全員がスタートラインに立つことができた。
しかし、実は朝一番でとんでもない連絡が入った。
先導船の船頭さんから電話で、「かなりシケッているから中止にしたほうが良いのでは?」とのこと。こちらも学生の指導員が朝イチで検温などに出向いているが、新北チーフによると「何とかできそうじゃないかと思います」とのこと。15分くらい様々な検討を重ねたが、最終的に新北の言い分を信じ、「やります」と答えた。周囲の先生方にもそのことを伝え、ピックアップ(途中で救護船に乗せる)者が増える可能性も踏まえて、朝食時に対応策を練った。しかし、この大シケには実は多くの問題が含まれており、2つほど私が無視してしまった問題が隠されていた。
一つは、スタート準備が整ってきたが、救助用の手漕ぎボートが1隻足りない。3隻の予定なのに、どうしたのか・・・と思っていると、陸上の監視からトランシーバーで連絡が・・・。
「今野さん、ボートが出せなくて転覆しました」
副手の今野が乗るはずだったボートが、あまりにも波打ち際の波が高くて、沖にボートを出せないまま途方にくれているというのだ。一瞬大笑いものだったが、すぐに笑えない出来事であることに気がつく。
「サポートに出せるボートは2隻しかない」
従って、レスキューチューブを持った補助学生は、泳力不足者に対してのケアに集中しなければならなくなった。もう一つの問題は後に述べる。
(左;思わぬボート転覆の報を聞き、指導員間に緊張が走る)
そして上級班はスタート。
「沖に出る時に、波に怯まなければ大丈夫。出てしまえば、比較的穏やかなうねりになる。帰りは波に乗れるようにすれば比較的速く岸につく」
勝負はスタートから10分。ここでどこまで前へ出れるかが、その後の進路にも響く。
上級班は皆で声を掛け合い、何度も何度も断続的に襲ってくる大波を、スムーズに越えてきた。10分ほどすると、遊泳区域ギリギリのブイの位置までたどり着いた。
「よしっ、行ける!」
そこから海水の流れに沿って移動を開始。隊列の乱れも少なく、近年でもかなり完成度の高い遠泳となっている。時折大きなうねりが起こるが、うねりを越えた後、皆周囲を確認し位置を修正している。至って冷静だ。
帰りは無難に波に乗りながら泳ぎきった。今回の実習では、時折ボディーサーフィンの練習もさせている。従って、岸へ向う波に乗る感覚は、それができる・できないに関わらず皆が持っていた。そのことも功を奏して、上級班は見事全員完泳を果たした。水温が21度であることを考慮し、やや短めの遠泳であったが、一応の課題はクリアした。
(左;完泳した男子、女子の精鋭たち)
次はいよいよ初・中級班。
何とか前半の荒波を上手く乗り越えろ・・・と期待とも祈りとも取れない感情を持ちつつ、沖で先導船から見守る。入水時には、気合とも悲鳴とも思える声を上げる学生達。とにかく、事故者を出してはいけない・・・私の責任感もピークに達した。
先頭集団は比較的無難に泳いでいる。昨日分断された後方集団も、なんとか離れずに泳いでいる。今のところは好調だ。とりあえずそのまま8分程度は持ってくれ・・・の期待にこたえるように、彼らは頑張った。沖への直線では、ほぼ隊列を乱さずに出てこれた。
しかし、その後の方向転換に失敗し、後方の隊列が少し遅れ始めた。そこでレスキューボードに乗った指導員にチューブを持っている学生の位置どりを指示し、ボードにもできるだけ広範囲で後方の学生達をマークするよう伝えた。その後は、先頭集団と後方集団が完全に切り離され、後方集団もほぼ集団としての形態を取れていないくらいにまで崩れた。遠泳としては「失敗」のデキである。
(左;隊列が乱れた模様を見て、ボードの補助学生に指示を出しながら、実は船酔いとも戦っていた筆者)
その後、救助用の手漕ぎボートに、遅れた数名の学生のもとに移動してもらったりしたが、学生の進み具合は牛歩のごとくであるにも関わらず、全員が毅然と救助を拒否。レスキューチューブを持った指導員にも「自分で泳ぎます!」と伝えて、懸命に泳いだ。
先頭集団がそろそろ終盤に差し掛かった頃、後方の数名はまだ最後の方向転換が終わっていなかった。私もさすがに「ヤバイ」と思い、「無理そうなら上げてくれ」とトランシーバーで各所に伝えた。しかし、大量の流血にもレフリーの静止を振り払って殴りかかる、チャボ・ゲレロ戦の藤波辰己(当時)のように、「アイ・ネバー・ギブアップ」の文字を恐らく頭に浮かべながら、数名の学生は岸に待つ上級班の友人に向って、決して泳ぎをやめない。何かあったときにスピーディーに溺者を岸に持って上がれる、レスキューボードの学生によるサポートを指示しながら、先導船がこれ以上岸に近づけなくなった場所で、私は後方から彼らを見守った。
「とにかく生きて岸へ上がってくれ」と祈った約10分後、粘りに粘った後方の数名は、ついに最後まで誰も救助されることなく、全員が岸に上がった。
なんと、大荒れ且つ水温21度という環境の中で、ピックアップ者なし。全員完泳が達成されたのである。
そして、もう一つの私の誤算。
あの大波の中で、前半終了後、私は不覚にも船酔いしてしまっていた・・・。
全ての遠泳が終了した後、顔から血の気が引き、胃から何かが這い上がってくるのを抑えるのが精一杯であった。そう。全員完泳の喜びと共に、よからぬものまでこみ上げてきたのである。
