2006年07月20日

祝・王監督手術成功!

トップアスリートの指導をしている人なら、誰しもが経験する胃の痛み

王監督の胃がんは、恐らくWBCの頃に発症したものではないか? 5センチという大きさと、時期的なこと、がんの成長度合いなどを考えるとそう思わざるを得ない。しかし、転移なしの見込みと共に、手術が成功したということで、私もなぜかホッとした。プロレスリング・ノアの小橋健太選手の腎臓の腫瘍摘出も成功したとのことで、二重の喜びである。

王監督は、我々が子供の頃からのスポーツマンアイドルである。当時、私は中日・星野投手ファンだったが、おはよう子供ショーで王選手(当時)のホームラン世界記録を記念してつくられた歌ができた時は、一生懸命覚えようとしたものだ。ライバル球団のファンさえもとりこにしてしまう凄さが、王・長島にはあった。堀内にはなかった。残念ながら。

しかし、王監督の手術成功は今後、ダイエー番記者やスポーツライター達を苦しめることになる。なぜか?

スポーツ記者やライターは、苦悩する指導者に対してほぼ必ずといって良いほど「胃の痛むような・・・」という比喩を使う。しかし、全摘出した王監督には、胃がない。したがって、今後どんなにダイエーが苦境にさらされようとも、誰も「胃の痛む苦しみ」という言葉は、王監督に対してのみ使えないことになる。

実は、「胃も痛む苦しみ」という言葉は、書く側からすると非常に使い勝手が良い。誰しもが味わう痛みであるがゆえに共感も得やすく、ついつい使ってしまう言葉であるが、これに代わる言葉はなかなか思い浮かばない。せいぜい「苦渋の決断」とか「頭を抱える」「頭が痛い」「神経をすり減らす」「辛酸を舐める」「断腸の思い」などがケースによっては使えるくらいであろう。しかし、「胃が痛む」は、前出のどれも当てはまらない感覚を持ち合わせている。いわゆる、事前の「緊張感」や「状態不安」という、学術的にもかなり限られた空間や環境での心理的ストレスをわかりやすく表す言葉でもあるがゆえに、特にスポーツ、野球のモノ書きの方々には「胃の痛む思い」に取って代わる言葉の開発を余儀なくされるのである。

しかし、本当に苦しいのは王監督ご本人であることを考えると、こんなこと書くのも申し訳ない気もするのである。週に一度は、カレーでごはん800グラム食える自分の胃が、なんとも無駄に強いように思えて仕方がない。



この記事へのトラックバックURL

http://app.blog.livedoor.jp/noguchisss/tb.cgi/50419704