翌朝、9時から鈴木大地先生による「新たなメダル目指して〜新五輪種目にかけるオープンウオータースイミング・ジャパン〜」が行われた。
前夜乱入してきた生田先生(実名)は、二日酔いをもろともせず、座長として朝から活躍されていた。
この日、私はあちらの私と一緒に午後の水泳科学研究会の「高地(低酸素環境)トレーニング再考」のオーガナイズをしていたため、前夜、当日は聴講の合間に打ち合わせを入れたりしながら、最終調整を行った。以前、日本体育学会で「チーム北島」の面々にお願いしたシンポの際には、私が時間読みを誤ってしまい、それが結果的に高橋繁浩先生と平井コーチの併走大暴走を誘発し、他の演者の皆様の発表時間を大きく削ることとなってしまったため、今回はそのテツは踏まないように・・・と細心の注意を払っていた。
幸い、今回は平井コーチの談話は予め時間が読める。他の演者の皆様とは、先週の日曜に打ち合わせが済んでいる。しかし、一つだけ大きな不安があったのは、前日もプールサイドセッションを行った東海大の加藤ヘッドコーチだけ、当日に若干の打ち合わせをすることになっていたのだが、ご本人が12時を過ぎようと、一向に来る気配がない。
前日までJISSで合宿をしていたウチの院生で、今回の学会を聴講しに来た拓馬曰く、「12時までJISSで練習見てから来られるとか言ってたような・・・」。嫌な予感が背筋を走った。
1時、1時半・・・刻一刻と開始時間の2時に近づいているのに、本人はまだ来ない。そろそろ舞台準備も行い、パワポ(Power point)の確認も行い、席にも聴講者の皆様がそろい始めたのに・・・と思っていると、開始10分前に主催者の榎本氏から電話が。
「あのぉ、加藤さん13時50分くらいに大船駅に着くそうです。で、私今駅にいるんですけど・・・」
ゲゲゲっ、開始時間に間に合うかどうかか。まぁ仕方がないか・・・。でも、駅から10分で着くから、間に合うっちゃぁ間に合うか。すると、また電話が鳴った。開始5分前である。
「えーと、最新情報なんですが、加藤さん、14時5分くらいに着くかもしれないとのこと」
おいっ! 全然間に合わないやん! しかも、榎本氏もそれを迎えに行っているってことは、開会の挨拶とかどうすればいいん?
「で、野口さん、申し訳ないんですけど、最初のご挨拶を、医・科学委員長の野村先生にお願いしますってことで・・・」
そうかそうか。そこは予め話は通じてるんだな。で、すかさず野村先生(京都工芸繊維大)を探し、全体司会の松井先生(日本福祉大)らと開式の挨拶からシンポ導入までの確認をして・・・で、時計は開始2分前。
聴講席後列には、ウチの横綱コーチが来ていた。巨体を折って机に向かう姿は、小さなちゃぶ台で内職しているような姿に見えた。更にC大のY村先生の姿も見えた。他にも現場のコーチや研究者の方々、地元水泳関係者の皆様など、守護霊様以外にも、結構な数の聴講者の方々が見られた。
しかし、それでもまだ加藤さんだけは来ない。
「では、定刻となりましたので・・・」
松井先生がマイクを持って話し始めた瞬間、講義室1階のドアが開き、ニコニコして加藤さんと、その加藤さんの背中を押しながら榎本氏がすまなさそうに私の顔を見て入ってきた。
この瞬間、「シンポの演者が飛ぶ」という最悪のハプニングだけは、逃れられた。
会はJISSの立先生のキーノートレクチャーで高地トレーニングの経緯を振り返るところから始まり、JISSの鈴木先生による「高地でのコンディショニング」の話で、高地、あるいは低酸素環境に暴露されると、ヒトの身体は一体どうなるのか?という話に入り、徐々に高地トレーニングの核心に入っていく。
次に、平井コーチのVTR談話が流れたが、ここまでの時間で、予想の10分押しであった。まぁ合格圏内か?といったところ。
平井コーチのVTRでの話は、聴講者も括目していた。私は個人的に、フラッグ現地とか学会打ち合わせなどを通じてかなり話し込んでいたものの、あらためて聞くと、氏が何度もの経験の中で、岩原先生やトレーナーの先生方などから、医・科学的な情報など様々なことを学習していることがわかった。会場にいた研究者もコーチも、みなメモを取ったり頷いたり、考え込んだりしながら耳を傾けてくれていたが、一人だけ、ノートPCに向かってなにやら必死に打ち込んでいる人がいた。
加藤コーチである。
え? まさかこの後のプレゼン資料を、今打ち込んでるの?
ま、まさかだよなぁ・・・。
でも、この調子じゃ平井さんの話が終わったら一度セッティング休憩を取らなきゃだめかなぁ・・・打ち合わせも何もしてないし、と思いついた。「時間が押しているのでこのまま続けさせていただきます」という手もあったのだが、加藤さんとの打ち合わせも兼ねてということで、平井コーチの談話をまとめたあとで、「セッティングのため少々休憩を入れます。加藤コーチのパソコンの設定が終わりましたら、直ちに再開します」と会場の聴講者の皆様に伝え、加藤コーチに駆け寄った。
「大丈夫大丈夫」みたいな感じだったのだが、私としては若干不安なまま、けどまぁとりあえず飛ぶことがないから・・・ってんで、安心して次を迎えようとしていたら、今度は若吉先生から立先生を通じて伝言。
「若吉先生からで、『今日は家族と食事をしたいので、4時には終わってくれ』だそうです」
ゲッ、と思いつつ、「了解」と立先生に告げ、「ボチボチおっぱじめようか」と思った瞬間、演者席を見ると、さっきそこにいたはずの加藤さんがいない。
「あれっ? 加藤さんどこ行ったん?」
誰に聞いてもわからない。「トイレじゃね?」という説もあったが、どうやら会場すぐ近くのトイレにはいない模様。え? じゃどこ?
「あ、多分あっちの方向に行ったんで、あちら側のトイレじゃないですかねぇ」
会場となっている鎌倉女子大は、女子大だけに、男子トイレの数が少ない。で、会場近くにあるトイレには男子トイレがあるのだが、加藤さんの行かれた通路の方向には女子トイレしかなく、かなり離れたところに男子トイレがあるとのこと。
「えーっ、じゃぁそっちに行ったんか?」
会場には既に聴講者の皆様が戻って着席されている。会場もライトが落とされようとしていて、すぐにでも開始できる状態だ。しかし、演者の加藤さんはまだ帰ってこない。
「ひょっとして、この期に及んで・・・『大』か?」
そんなことを考えるようになるに至るころ、ようやくご本人到着で、目出度く講演再開となったが、これは予期せぬタイムロスであった。
そんなこちらの思惑なんざ「そんなのかんけーねぇ」とばかりに、声高らかに張り切って加藤さんは話し始めた。まるで水を得た巨大マグロのように、「話やめると死ぬんじゃないか?」ってくらいな勢いで次から次へと喋りまくった。もっとも、コーチの視点から選手にどのように高地トレーニングの動機付けをして、高地を含む試合までの練習ではどこに注意しているとか、そんな興味深い話を延々と話してくださったのだが、なんか「まだまだこれから・・・」という頃に時間となってしまった。しかし、大方の予想通り、それでもしばらくの間「どこで話しを落とすのか」わからない状態のまま、色々な、しかも貴重なお話は続けられ、しばらくして突然、自らオチを作ることなく、且つ笑顔で話しを終えられてしまった(笑)。
こちとら、「おいっ、これどない落とせっちゅうねん!」みたいな感じであったが、若吉先生の話しの時間もかなり食い込んでしまったため、とりあえず先生にバトンタッチ。そして「早く帰りたい」若吉先生。
「そういうことで、もう私が話すこともあまりないと思いますんで、5分程度で終わります」(場内笑)
いやいや、それじゃ困りますって・・・でも、若吉先生はかなり要点をかいつまみつつ、肝心なところはちゃんと抑えてくださって、加藤さんまでで都合20分遅れた進行を5分戻してくださった。
終了後の質疑応答でもいくつかの質疑に答えることができ、最後に私の方でそれなりにオチをつけて会は終了した。
以前の体育学会ほどの大惨事にはならなかったものの、今回もやはり時間の壁にはかなわなかった。そして若吉先生には、本当に申し訳なく思った。終了後に「先生、スミマセンでした」と謝りに行ったところ、
「おお。でもうまくまとめてくれて、ありがとう」
と、先生はこちらを気遣って仰ってくださった。
果たして、このシンポを経て何らかの芽が出てくるのか? それとも無駄な努力で終わってしまうのか? 今回の模様は、スイマガや月刊水泳など専門誌でも紹介される予定なので、それをご覧になられる皆様や、当然今回聴講された皆様には、是非とも今後の高地トレーニング研究の動向にも、ご注目いただきたいと思う。我々も、今回のシンポで得た科学知を、北京に生かして行きたいと改めて思うのである。