2007年11月29日

大学院超特別講義

特別講義開始前。

研究室で若干の打ち合わせ。「こんな質問をします」みたいなノリで私が話し始めると、早速「こんな話ししてもいい?」的に平井先生も喋りだす。

「・・・っとっと、その辺にしておいてください」

私が調子よく話す平井先生を制し、次の話題を振る。

そうなのだ。このお方、打ち合わせでどんどん話してしまうと、本番で「さっきした話しだよな」が出てしまうことが多いのである。選手たちに「アップでばてないように」と指導するかのごとく、「その先は本番で」をお伝えすることを、今日の私は忘れなかった。

で、・・・・・講義が終了したのは、そこからおよそ140分後(!)だった。

開始40分過ぎであろうか。話している先生が「波」に乗ってきたのを感じた。そこからというもの、多くの講演経験をお持ちであろう平井先生が、恐らくあまり他所では話されないだろうと思われる話しもポンポンと小気味よく出てきた。その一部は、あちらの私がそのうち書くと思うので、そちらをご参照いただきたい。

しかし、それにしても140分間、聴講している院生はもとより、ライフと普及会の一部の学生も、一睡もせずメモを取りながら必死に話しを聞いていた姿が、平井先生を一層饒舌にしたのであろう。その後下高井戸駅周辺のお店で行われた「ゼミ飲み」のような懇親会でも、先生は饒舌だった。

そして、・・・・・電車に乗ったのは、懇親会開始からおよそ300分後であった。

さしいれ歓迎!

 

 

 

 

 

ということで、アテネ五輪のときの様々なエピソードやら、世界を制した「ものの見方」、「考え方」の数々をご披露いただきました平井先生に、あらためて感謝申し上げます。また、私達の肝臓にもお気遣いいただき、差し入れまでいただき、ありがとうございました(笑)。

また、五輪イヤー中の練習日であるにもかかわらず、快く(?)平井先生を送り出していただいた北島選手はじめ東京SCの選手、関係者の皆さまにも、深く感謝申し上げます。

ってことで平井先生。五輪が終わったら、是非水道橋の「コロッセオ」でトークショーやりましょう。

  
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2007年11月27日

賞味期限

我が家の近くのマックで、賞味期限切れのシェイクやヨーグルト(?)などが売られていたり、サラダの賞味期限の張替えがあったらしい。

今年はミートポークの偽装に始まり、赤福とか、この手の話が絶えない。

しかし、そのたびに驚くのだが、日本人って、意外と内臓が強いのか、結果的にそれが原因の集団食中毒は、今のところ出ていない。牛以外の血が混じった肉を食おうが、消費期限をとっくに越えたアンの入った赤福を食おうが、それなりにヒトの内臓は耐え切ったわけである。しかも、味覚でその欠陥に気がついた人はいなかったのか?ということも言える。だから、どこぞの国のダンボール入り肉まんさえ、実質我々は笑えない。

事故がなかったからこそ、こんな偽装やら張替えやらを業者側は「問題ない」としてやるのだろうが、そこにリスクマネジメントの欠落がある。「もし問題があったら」という危機感の欠如が、このような事件の発端となっているのは、普通、わかる。

選手強化とて、「リスク管理」は重要である。選手は「生もの」であるから、余計にそうだ。

大学のカリキュラム管理も、いわば「リスク管理」の最前線にあるものと考えて、個人的には問題ないと思っている。授業に少しでも欠陥があれば、たとえば実技では大事故につながるし、講義でも大きな誤解を招くこともある。

でも、そんなリスクを怖がるあまり、攻めができないと、これもまた面白みがない。だからこそ、「リスク管理」が重要なのである。

明日の大学院の特別講師も、「リスク管理」のために多くのブレーンを使っているようである。なぜ、そんな手間をかけるのか? その辺を、明日はとくと聞いてみたいと思うのである。

  
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2007年11月26日

押し出された一番人気

競馬の世界では、「押し出された逃げ馬」は、大概は敗れ去るものである。

自分の意思で逃げるかどうかというのは、人でも馬でも一緒である。それは、「やらされている間は結果はついて来ない」そんなことを表現しているのかもしれない。

今日は、学科が窮地に追い込まれている例の仕事での書類提出日であった。今日は入念にその書類の最終確認をして、提出先にメール送信したのと、一応プリントアウトした書類に印を着いて、提出した。強調すべきところを自ら説明する戦法もあったのだが、あえて普通に、提出先の課長に渡した。本来ならば学科の未来にかかわる書類なのだが、あえて普通に出すことが、「普通こうなんだよ!」と訴えることができ、より効果的にその書類の記載内容についての学科の意思が伝わるのではないか?と考えた。

何せ、10月頭にこの書類の作成を任されたとき、「押し出された一番人気」になった気分であったのだから、ならばそれを全うしきって、本当に単勝馬券になってやろう!と思った。さりとて、水泳やスポーツトレーニングが専門の自分にとって、まったく畑違いの内容の書類作成。どこからどう手をつけて良いのかさえも、わからなかった。しかし、学科の有志たちの協力のもとに、素晴らしい書類が出来上がった。

出してしまったからには、あとは先方の判断と、審議の場での私の説明力にかかっている。まだまだ予断を許さないが、ここまできたらもうどうにもならないので、待つしかない。日本選手権やインカレ前の調整期みたいな心境である。

「押し出された逃げ馬」はほとんど残らないが、「押し出された一番人気」は、時として後続を千切る頑張りを見せることもある。10レースにひとつくらいなんだけど・・・。しかし、その馬が勝つときは、勝つ理由がちゃんとあり、だからこそ穴馬券を取れる人がいるのである。

われながら、ものすごいところから根拠を探った、学科の命運を握る今回の書類。果たして、勝ち残ることができるのだろうか。それは私にとっては間違いなく「やらされた仕事」だが、人は命運がかかったときには、「やらされている」状態から「自らやる」状態に変化し、凄い力を発揮することができる・・・と、後になって言える日が来ることを期待したい。

  
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2007年11月25日

水泳普及研究会OB会

朝。JISSでひと仕事してから大学へ。京王線には、昨日もそうだったが、「勝馬」だの「ホースニュース・馬」だのを持った人生のベテランたちが、熱心に記事を見ながら電車に揺られていた。

俺も10年前は、朝から府中の芝生の上でビール飲んでたよなぁ・・・。

一瞬、何かテキトーな理由をつけて仕事に行くのをやめようかと迷ったが、最近なかなか当たらない馬券を思いつつ、後ろ髪を引かれる思いで、下高井戸駅で電車を降りた。これが桜上水まで乗ってたら、ひょっとしたら気が変わってそのまま府中まで行ってたかも知れない。そんな状況であった。

今日は、ハードな仕事はほぼなかったが、学科では女子の学生でにぎわっていた。月曜に行われる「ダンス発表会」の最終追い込みで、みんないたるところで音を鳴らして踊っていた。明日も早朝から事務方が鍵を開けて、学生を迎えるとのこと。記念行事が終わっても、仕事は淡々と続く。

そして、表記の会が、新宿区某所で執り行われた。

今年は、昨日の記念行事で古橋名誉顧問の基調講演があったことが紹介され、またOB,OGの中で複数の方がご結婚されたことが、まず報告された。

会の中盤では、水連の優秀選手表彰式にご出席されていらした古橋名誉顧問が駆けつけて盛り上がる先輩たちくださり、教え盛り上がる先輩たち2子たちと旧交を温めた。

 

 

 

 

一次会が終わり、古橋名誉顧問を送り出した後、2次会がスタート。参加者こそ「少数精鋭」だったが、有意義な語らいであった。

いろんな意味で盛り上がる先輩たち3

会の途中には、このような方々によるタバコの差し入れもあり、スモーカー達を喜ばせた。

しかし、スモーカーたちが喜んだのは、決してそこでいただいたタバコではなく、この方々の身なりであったことは、疑いの余地がない。

 

 

 

来年度は「古泳会」ともリンクさせるような企画を考え中ですので、先輩方も是非お時間をあけてお越しくださいませ。

参加されたOB,OGの皆様、お疲れ様でした。ってゆーか、今もまだカラオケBOXで熱唱中の方がいらっしゃるようでして・・・(落としどころがない)。

  
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2007年11月24日

体育学科50周年記念式典

もともと、教育学科の中に「体育専攻」という位置づけでスタートした、今の私の職場である本学の体育学科。

今年で50周年を迎えるということで、通常この時期に行われる「学術研究発表会」を、記念シンポジウムと基調講演という形で大幅にグレードアップさせて、華々しく行われた。

いそげぇ!受付もいそげぇ!

 

 

 

 

 

前日午後から会場準備に入り、私も会議での重要な案件の審議を終わるや否や、百周年記念館に向かった。ステージで演者の立ち位置やマイクテスト、前半の進行のリハ、DVDやパワポの試写などを行った。当日も朝から時間に追われながら院生や副手たちが受け付け準備などを行い、先輩方、一般聴講者の方々を迎える準備に余念がなかった。

寡黙な瀧本選手に対して絶妙なツッコミをいれる、小谷さん

 

 

 

 

 

 

これだけの実績を持つ人たちの話しが、面白くないわけがない。

会のリードオフマンとして、力強くハキハキと話しを進め、会場の雰囲気をグイっと引っ張ったレスリングの富山先生。「世界で戦う」ということの重みうを、端的にわかりやすく、説得力のあるエピソードで語ってくださった。

体操以外のスポーツが苦手で、学生時代は実技系の種目の単位取得に大変苦労したけれど、「今、(芸術学部の)体育の授業で『できない子たちの気持ち』が分かるので当時の経験が役立っている」というエピソードの中に、謙虚で真面目な人柄がかもし出された、体操の西川先生。

コメンテーターとして活躍しているシンクロの小谷さんは、同期・同クラスであった私の学生時代の愚行も暴露しつつ(笑)、ソウル五輪では試合以外に、旗手をしたときのことなども話しをしてくれた。

そして会場が最も沸いたのは、総合格闘技の瀧本選手の話し。寡黙な中にも芯の強さを思わせるようなところが随所にあり、しかも少ない口数でいながら強い説得力をもって一言一言話す姿は、まるで野武士のようであった。

特に、寡黙な瀧本選手と、その隣に座った「真逆のキャラ」とも言える小谷さんの絡みは、なんども場内の爆笑を誘ったが、楽しいながらも大変興味深い話しもあり、私もついつい司会者の仕事を忘れて聞き入ってしまった。

シンポ、基調講演演者の・・・うわっ、だ、大唐っ!

 

 

 

 

 

 

シンポはほぼOn timeで終了し、控え室に戻ると、基調講演にご出演される古橋名誉教授がいらしていた。先生に「会場を暖めておきました」と言い、バトンタッチ。

先生のお話しは、戦後の混乱期にどのように競技を行っていたかというエピソードであったが、いろんなエピソードを茶目っ気たっぷりに、しかも結構笑いを取るところもあり、特に現役の学生が目を輝かせて聞いていたのが印象的であった。

「班員」と感激の再会!

シンポのあとは、同窓会総会があり、その後盛大に懇親会が行われた。懇親会では若いOB,OGも多く駆けつけてくれ、ライフのOBも、自分の班員だった学生と感激の再会を果たし、旧交を暖めた。

(左から、院生・伊藤クン、副手・今野クン、ライフOB・川村クン、同・三宅クン、そして川村の班員だった、現在薬学部助教の西川サン)

 

終了の乾杯と言えば・・・?

会もお開きになり、準備から忙しく動き回っていた院生や助教、助手、副手、各担当教員で、「残り物」で乾杯。

その後、残った片付けをこなし、夜9時半頃になってやっと、通常通り下高井度周辺のお店へと場所を移した。

 

 

ここ1ヶ月くらい、多くのストレスを蓄積させたと思われる橋口助教による乾杯は、私が知るだけで都合8回ほど、下高井度中に響き渡ったのであった。

そして、この日を境に、伊佐野は「伊佐山」に改名したそうだ(分かる人には分かる)。

  
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2007年11月21日

鶏が先か、卵が先か。

今日はタクシーで帰った。

運転手のおっちゃんの喋りが、やたらとうまくて、しかも声もNHK藤井さんばりに通る声だったので少し驚いていると、仕事の話になった。

運:「毎日こんな遅いんですか?」

私:「はぁ、まぁこんなもんですね、通常は」

運:「それじゃ時間外(手当て)とか凄いんじゃないですか?」

私:「いまやそんなのどこも出さないでしょ? ウチも当然そう」

運:「そうですか・・・」

しばし沈黙が走ったが、ふと思い出したように、またおっちゃんが喋り始めた。

運:「でも今週は祭日があるし、休みが多いから幾分楽なんですか?」

私:「いえいえ。皆さんが休みの日は、かえっていろんな仕事が増えることが多くてね」

運:「え? そうなんですか? それじゃ大変だ。連休なんて取れないんですか?」

私:「正月以来、連続で休んだことないです」

運:「うわぁ〜、そりゃ凄いですね」

ここでまた沈黙が走り、もうこの手のネタは出てこないだろうと思ったが、またもや沈黙を破りおっちゃんは語った。

運:「この間神楽坂でフランス人のお客さん乗せたんですけど、聞いたら『一ヶ月のバカンスで遊びに来た』ってんですよ。国民性の違いとかあるけど、凄いですよね」

私は「あてつけか?」と一瞬思ったが、あまりにもいい声でうまい喋りで聞くもんだから、ついつい答えてしまった。

私:「いいですねぇ。でもそんなに休んだら、私はきっと職場復帰できないでしょうね」

運:「そうですよね。日本人には無理かもしれませんね。でもお客さんみたく働いてたら、当然有給なんて全部消化しきれないでただ潰れちゃうんですか?」

私:「まぁ有給なんてあり得ませんからねぇ」

運:「でも昔は、買い上げとかしてくれたんですけどね」

私:「あぁ、懐かしいねぇ。そういう時代もあったなぁ」

運:「今じゃ日本の企業でそんなのやってるところはないでしょう」

私:「うん。そうだよねぇ・・・」

また沈黙が流れた。某S社の入社したての頃、有給を始めて換金したときの明細を見た喜びを思い出した。

信号二つ分くらい走っただろうか。私はふと頭に浮かんだことを口走った。

私:「有給買い上げとか時間外をつけるとかやってた頃って、『この会社のために頑張ろう!』ってやってたじゃないですか?」

運:「はい、確かにそうでしたね」

私:「でもこれって、そういう制度がなくなったから、会社に対する帰属意識が薄れたのか。それとも帰属意識が薄れた結果、会社も社員に手厚く面倒みなくなったのか。どっちが先だったんでしょうね」

おっちゃんは、信号2つ分くらい考え抜いたが、答えは見つからなかった。私が続けた。

私:「仕事の場で心底信頼できる人間関係をつくるなんて話しは、もう古いんですかねぇ。今はどっちかってーと、仕事の場は仕事上の信頼関係でしかないような、そんな人間関係になっているような気がするんですけど」

おっちゃんは「そういう面はありますよねぇ」とだけ言い、目的地周辺で「この辺ですか?」と、またまた丁寧でよく通る声で聞いてきた。話が重くなったから早く降ろしちゃえ!とでも思ったのか、私もそういう空気を察し、少し歩く距離はあったものの車を降りた。

人間関係を重視しつつ、仕事上のやり取りができる関係が最も望ましいのは当然なのだろうが、いくら関係が良好に保てても、仕事ができなきゃ関係そのものがお荷物になることもある。しかし、逆に仕事は期待以上の働きをしてくれても、一個人として付き合える人柄でないと、単発ならともかく、長期間一緒に仕事を進めることは、これもまた苦痛になる。

さて、どっちが先だったのだろう・・・? あるいはどっちを優先すべきか?

  
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2007年11月19日

大船に乗った思いで。最終回(って2回だけやん!)

金メダリストの講演を仕切る、謎の関西人。翌朝、9時から鈴木大地先生による「新たなメダル目指して〜新五輪種目にかけるオープンウオータースイミング・ジャパン〜」が行われた。

前夜乱入してきた生田先生(実名)は、二日酔いをもろともせず、座長として朝から活躍されていた。

 

この日、私はあちらの私と一緒に午後の水泳科学研究会の「高地(低酸素環境)トレーニング再考」のオーガナイズをしていたため、前夜、当日は聴講の合間に打ち合わせを入れたりしながら、最終調整を行った。以前、日本体育学会で「チーム北島」の面々にお願いしたシンポの際には、私が時間読みを誤ってしまい、それが結果的に高橋繁浩先生と平井コーチの併走大暴走を誘発し、他の演者の皆様の発表時間を大きく削ることとなってしまったため、今回はそのテツは踏まないように・・・と細心の注意を払っていた。

幸い、今回は平井コーチの談話は予め時間が読める。他の演者の皆様とは、先週の日曜に打ち合わせが済んでいる。しかし、一つだけ大きな不安があったのは、前日もプールサイドセッションを行った東海大の加藤ヘッドコーチだけ、当日に若干の打ち合わせをすることになっていたのだが、ご本人が12時を過ぎようと、一向に来る気配がない。

前日までJISSで合宿をしていたウチの院生で、今回の学会を聴講しに来た拓馬曰く、「12時までJISSで練習見てから来られるとか言ってたような・・・」。嫌な予感が背筋を走った。

1時、1時半・・・刻一刻と開始時間の2時に近づいているのに、本人はまだ来ない。そろそろ舞台準備も行い、パワポ(Power point)の確認も行い、席にも聴講者の皆様がそろい始めたのに・・・と思っていると、開始10分前に主催者の榎本氏から電話が。

「あのぉ、加藤さん13時50分くらいに大船駅に着くそうです。で、私今駅にいるんですけど・・・」

ゲゲゲっ、開始時間に間に合うかどうかか。まぁ仕方がないか・・・。でも、駅から10分で着くから、間に合うっちゃぁ間に合うか。すると、また電話が鳴った。開始5分前である。

「えーと、最新情報なんですが、加藤さん、14時5分くらいに着くかもしれないとのこと」

おいっ! 全然間に合わないやん! しかも、榎本氏もそれを迎えに行っているってことは、開会の挨拶とかどうすればいいん?

「で、野口さん、申し訳ないんですけど、最初のご挨拶を、医・科学委員長の野村先生にお願いしますってことで・・・」

そうかそうか。そこは予め話は通じてるんだな。で、すかさず野村先生(京都工芸繊維大)を探し、全体司会の松井先生(日本福祉大)らと開式の挨拶からシンポ導入までの確認をして・・・で、時計は開始2分前。

聴講席後列には、ウチの横綱コーチが来ていた。巨体を折って机に向かう姿は、小さなちゃぶ台で内職しているような姿に見えた。更にC大のY村先生の姿も見えた。他にも現場のコーチや研究者の方々、地元水泳関係者の皆様など、守護霊様以外にも、結構な数の聴講者の方々が見られた。

しかし、それでもまだ加藤さんだけは来ない。

「では、定刻となりましたので・・・」

松井先生がマイクを持って話し始めた瞬間、講義室1階のドアが開き、ニコニコして加藤さんと、その加藤さんの背中を押しながら榎本氏がすまなさそうに私の顔を見て入ってきた。

この瞬間、「シンポの演者が飛ぶ」という最悪のハプニングだけは、逃れられた。

会はJISSの立先生のキーノートレクチャーで高地トレーニングの経緯を振り返るところから始まり、JISSの鈴木先生による「高地でのコンディショニング」の話で、高地、あるいは低酸素環境に暴露されると、ヒトの身体は一体どうなるのか?という話に入り、徐々に高地トレーニングの核心に入っていく。

次に、平井コーチのVTR談話が流れたが、ここまでの時間で、予想の10分押しであった。まぁ合格圏内か?といったところ。

平井コーチのVTRでの話は、聴講者も括目していた。私は個人的に、フラッグ現地とか学会打ち合わせなどを通じてかなり話し込んでいたものの、あらためて聞くと、氏が何度もの経験の中で、岩原先生やトレーナーの先生方などから、医・科学的な情報など様々なことを学習していることがわかった。会場にいた研究者もコーチも、みなメモを取ったり頷いたり、考え込んだりしながら耳を傾けてくれていたが、一人だけ、ノートPCに向かってなにやら必死に打ち込んでいる人がいた。

加藤コーチである。

え? まさかこの後のプレゼン資料を、今打ち込んでるの?

ま、まさかだよなぁ・・・。

でも、この調子じゃ平井さんの話が終わったら一度セッティング休憩を取らなきゃだめかなぁ・・・打ち合わせも何もしてないし、と思いついた。「時間が押しているのでこのまま続けさせていただきます」という手もあったのだが、加藤さんとの打ち合わせも兼ねてということで、平井コーチの談話をまとめたあとで、「セッティングのため少々休憩を入れます。加藤コーチのパソコンの設定が終わりましたら、直ちに再開します」と会場の聴講者の皆様に伝え、加藤コーチに駆け寄った。

「大丈夫大丈夫」みたいな感じだったのだが、私としては若干不安なまま、けどまぁとりあえず飛ぶことがないから・・・ってんで、安心して次を迎えようとしていたら、今度は若吉先生から立先生を通じて伝言。

「若吉先生からで、『今日は家族と食事をしたいので、4時には終わってくれ』だそうです」

ゲッ、と思いつつ、「了解」と立先生に告げ、「ボチボチおっぱじめようか」と思った瞬間、演者席を見ると、さっきそこにいたはずの加藤さんがいない。

「あれっ? 加藤さんどこ行ったん?」

誰に聞いてもわからない。「トイレじゃね?」という説もあったが、どうやら会場すぐ近くのトイレにはいない模様。え? じゃどこ?

「あ、多分あっちの方向に行ったんで、あちら側のトイレじゃないですかねぇ」

会場となっている鎌倉女子大は、女子大だけに、男子トイレの数が少ない。で、会場近くにあるトイレには男子トイレがあるのだが、加藤さんの行かれた通路の方向には女子トイレしかなく、かなり離れたところに男子トイレがあるとのこと。

「えーっ、じゃぁそっちに行ったんか?」

会場には既に聴講者の皆様が戻って着席されている。会場もライトが落とされようとしていて、すぐにでも開始できる状態だ。しかし、演者の加藤さんはまだ帰ってこない。

「ひょっとして、この期に及んで・・・『大』か?」

そんなことを考えるようになるに至るころ、ようやくご本人到着で、目出度く講演再開となったが、これは予期せぬタイムロスであった。

そんなこちらの思惑なんざ「そんなのかんけーねぇ」とばかりに、声高らかに張り切って加藤さんは話し始めた。まるで水を得た巨大マグロのように、「話やめると死ぬんじゃないか?」ってくらいな勢いで次から次へと喋りまくった。もっとも、コーチの視点から選手にどのように高地トレーニングの動機付けをして、高地を含む試合までの練習ではどこに注意しているとか、そんな興味深い話を延々と話してくださったのだが、なんか「まだまだこれから・・・」という頃に時間となってしまった。しかし、大方の予想通り、それでもしばらくの間「どこで話しを落とすのか」わからない状態のまま、色々な、しかも貴重なお話は続けられ、しばらくして突然、自らオチを作ることなく、且つ笑顔で話しを終えられてしまった(笑)。

こちとら、「おいっ、これどない落とせっちゅうねん!」みたいな感じであったが、若吉先生の話しの時間もかなり食い込んでしまったため、とりあえず先生にバトンタッチ。そして「早く帰りたい」若吉先生。

「そういうことで、もう私が話すこともあまりないと思いますんで、5分程度で終わります」(場内笑)

いやいや、それじゃ困りますって・・・でも、若吉先生はかなり要点をかいつまみつつ、肝心なところはちゃんと抑えてくださって、加藤さんまでで都合20分遅れた進行を5分戻してくださった。

終了後の質疑応答でもいくつかの質疑に答えることができ、最後に私の方でそれなりにオチをつけて会は終了した。

以前の体育学会ほどの大惨事にはならなかったものの、今回もやはり時間の壁にはかなわなかった。そして若吉先生には、本当に申し訳なく思った。終了後に「先生、スミマセンでした」と謝りに行ったところ、

「おお。でもうまくまとめてくれて、ありがとう」

と、先生はこちらを気遣って仰ってくださった。

果たして、このシンポを経て何らかの芽が出てくるのか? それとも無駄な努力で終わってしまうのか? 今回の模様は、スイマガや月刊水泳など専門誌でも紹介される予定なので、それをご覧になられる皆様や、当然今回聴講された皆様には、是非とも今後の高地トレーニング研究の動向にも、ご注目いただきたいと思う。我々も、今回のシンポで得た科学知を、北京に生かして行きたいと改めて思うのである。

  
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2007年11月18日

大船に乗った思いで。

昔、水泳部の同期で、名古屋出身の飛び込みの深谷(仮名)というのがいた。

学生時代、彼との会話の中に、たびたび「トレーシー・ローズ」という、わかる人にはわかる凄いお方が登場する。しかもそれがまた、彼の口からその名前が出るときには思い切り名古屋弁で、「ト」が一番トーンが低く、「ロ」にトーンのピークがきて「ーズ」が音程が下がる独特のイントネーションで、あまりにも変で忘れようにも忘れられず、今も頭に残っている。

さて、昨日から日本水泳・水中運動学会&日本水泳科学会が、大船の鎌倉女子大学で行われた。

「開式にあたり諸注意」といえば、ホスト・榎本氏

 

 

 

 

 

初日の最初のセッションは、同大学のプールを使った実技セッションで、東海大の加藤コーチによる「次世代を担うブレストストローカーの育成」という内容であった。今村元気、天満宏、田村菜々香、金藤理恵選手が、加藤コーチの指示で、次々と模範演技を見せた。

2日間とも、饒舌を通り越して壮絶だった加藤コーチ

熱心にビデオを撮る聴講者・・・え? 淳一?

 

 

 

 

加藤コーチの指示で模範ドリルを披露する、元気な元気選手。

上左: 説明する加藤コーチ。

上右: 田村選手の模範ドリルを撮影するタイガー(?)

左: どのドリルやっても最もうまい今村選手。ウチのマスクマンにも見せたかった・・・。

 

選手たちがドリルを行っているところで、途切れることなく加藤コーチがわかりやすく解説する。

プルのフィニッシュ動作の話をしているとき、それまで饒舌だった加藤コーチが言葉を詰まらせた。なんだろう?と思っていたら、

「えーと、あれ誰だったっけ・・・?」

どうも例に外国選手を挙げようとして、名前が出てこなかったらしい。

「あれ、70年代、アメリカで、平泳ぎが速かった・・・」

うん? アメリカ、70年代、平泳ぎ・・・私の脳の検索が一瞬機能し始めたが、「シーホース泳法」流行の源となったカナダのオッテンブライト選手がすぐに浮かんだものの、アメリカの選手は浮かんでこない。で、ついに・・・。

「あれ、野口さん、誰だったっけ、コンメ(個人メドレー)も速かった選手で・・・」

うんっ? コンメも?・・・私の脳内では一瞬にして検索がヒットした。

トレーシー・・・・」

ここまで浮かんだのに、先に喉を通りそうになったのは、なんと「ローズ」の方であったが、すぐに言語中枢に緊急指令を出し、

・・・コールキンズ!」

「あ、そうそうそう。さすが野口さんっ!」

一瞬、私の学会人生命における最高の危機に直面したものの、なんとかギリギリで乗り切った。

午後にはキャンパスを移動し、若手研究者による口頭発表や一般演題の発表、ポスター発表、協賛社によるプレゼンテーション、懇親会となった。

ポスター発表では武将も登場し、質問攻めの中奮闘した。

武将、奮闘中

 

 

 

 

 

残念ながら学会賞、次点には入れなかったが、この悔しさをエネルギーに変えて、明日からまた頑張って欲しい。

で、終わったあとに、宿舎近くの居酒屋で更に懇親を深めようと数名の研究者が集まり飲んでいたところ、夜11過ぎに通りがかりのサラリーマンみたいな方が乱入。

謎の関西人登場!

 

ご、ごめん。生田先生だった(笑)。

 

 

 

ということで、真面目なレポートは、近日中にあちらで。

こっちは大船に乗ったつもりで、明日に続く・・・。榎本さんと私が仕込んだシンポは、果たしてどうなったか・・・?

  
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2007年11月16日

秋風

あちらの私に言われると、確かに私の「笑顔の源」はいろいろとありそうだ。でもいざ考えると、さくっと出てこない・・・そんなことは世の中何度でもある。

昨日の古泳会に来てくれた、高校・中学の非常勤生活を送っているOBのタカツグが、念願だった東京都の教採に受かったことを報告してくれた。

彼は武将と同期であり、人一倍教職に情熱を傾けた熱い男である。私のもとで卒論を書き、卒業後非常勤生活で苦労していたが、教育実習の際にもかなり高評価を得た実技指導には定評があり、早く「その場」に就かないかと期待されていた男である。

武将はその後大学院に進み、F社の戦力として活躍しながらも大学の教員として非常勤ながら頑張っているし、同じく同期の江森は、すでに某付属高校の常勤教員となった。タカツグは一人だけ遅れてしまったが、彼もようやく日の目を見たわけである。

彼は私の顔を見るなり、「先生に報告があります」とそのことを伝えてくれた。祝福の握手をしたときのグリップの強さに、彼の「気持ち」が伝わってきて、これもまた私の「笑顔の源」である。

その後、千葉県某所からみんながいることを伝え聞いた普及会OBのこれまた「熱い男」O椋が、下高井戸にやって来た。しかし、顔にいつもの覇気がない。同期の連中に聞くと、晴れて正教員となった彼は、現在「モンスター・ペアレンツ」に日夜悩まされているという(笑)。いや、笑い事ではないのだが、久しぶりに仲間に会って、愚痴をこぼしながら、さらに仲間の成功を祝いつつ、幾分元気になって千葉に帰っていった。

そんな若い連中の頑張りを思い出しつつ、今日やるべき仕事がやけに早く終わったなぁ・・・と思って帰宅したとたんに、今日締め切り(っていうか、やや遅れ気味)の原稿を思い出した。まるで、100m40本の制限タイムつきを全部クリアしたのに、その後もう一回20本やり直しを食らった中学時代のような気分であった。仕方なしにパソコンに向かい、さっき原稿を送った。

さて、今日から「日大文理のアスリート列伝」の展示会が開催されている。体育学科出身のメダリストの栄光が「これでもか!」というくらい、例えるならジャンボ鶴田のラリアットーコブラツイストージャンピングニーーバックドロップの如く、波状攻撃状に展示されている。

しかし私は知っている。そこに展示する資格はないけれど、想像を絶するほどの多くのアスリートが、血のにじむような努力をしていた姿を。

そして歴史に残らないながら「歴史をつくるための土台」となった多くの経験が、この学科には存在することを。

その土台を作る過程で、教員と学生が共に歯を食いしばりながら、何度も「笑顔の源」を探りあった日々が、50年にも渡り積み重なっていることを。

ぜひ、その歴史の「氷山の一角」を見てさまざまなことを感じるために、下高井戸までお越しください。

で、ついでに木八のラーメンでも食べて行ってください(懐)。

  
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2007年11月15日

牛角への誘(いざな)い

私が顧問を務める水泳関連の2つのサークルの、名誉顧問であられる古橋廣之進先生をお招きして、第26回「古泳会」が行われた。これはライフセーバー研究会と水泳普及研究会の定期対抗戦で、毎年名誉顧問の臨席を仰ぎ、熱戦が繰り広げられている。詳細はスイミング・ライフ誌で紹介しているので省く。

今年の新入生に水泳出身者の多い普及会が、ややメンバー配置などに手心を加えたせいか、試合は熱戦となったが、結果的には救助系の種目で優位に立ったライフが、僅差で総合優勝を果たした。

その後、武将たちが、古橋先生と年明けに行われるライフOB会の打ち合わせを行い、そして懇親会会場へと皆歩を進めた。私は自分の研究室を閉めて行かねばならず、後から先生たち一行を追いかけた。

下高井戸駅と大学のちょうど中間地点くらいであろうか。私たち一行は先生たちに追いつき、一緒にゆっくりと駅近くの会場へ移動した。そして、ちょうど駅前のマクドナルドの角に差し掛かったところ。

マックの角に立つ、やや黒ずくめ風の怪しい女の子。

先生が歩を進めるところをじーっと見ている。先生に万一のことがあってはならない。我々も政府SPの如く緊張感を滾らせ、その子を見つめた。じーっとこちらの方を見る女の子。スワッ、通り魔か? と思いきや、あろうことか名誉顧問がマックを右折しようとしたところで、その子は間髪いれず動いた。

先生の方向へ思い切ってサッと半歩歩を進めたその子は、これまた素早くサッと右手を差し出した。その先には、紙が一枚。

「牛角でぇ~す。割引券どーぞぉ~」

・・・・・・一瞬、先生の周囲の学生たちは身構えて歩みを止めたものの、先生は何一つ動揺することもなく、普通にその子の目の前を通り過ぎた。

その背中は、「男たるもの、『牛角』くらいで色目を使ってはならない」というダンディズムを伝える、強者からのメッセージなのか? その答えは、明日から本学の図書館展示ホールで始まる「体育学科50周年記念展示」で明らかにされる・・・ような気がするのは気のせいか?

  
Posted by noguchisss at 01:48Comments(0)TrackBack(0)