2007年09月30日

どよめき(喜)

会場に着いてすぐに、入場許可証となるADカードをもらう手続きを行ったが、事前に話が通っていなかったようで、しばし待った。そのとき、地元秋田で30歳以上50mバタフライに出場した、オープンウオーターの杉沢選手が、私のいる報道受付から10mくらい離れた施設の入り口ゲートにいた。

「あ、野口さん! お久しぶりです」

「おぉ、久しぶり。あ、そういえば地元だねぇ」

「はい。でももうレース終わっちゃったんですけどね」

「50だと距離が短すぎたんじゃない?」

そんな話をしていると、彼は大声で言った。

「そういえば、野口さんが勝ったあのプール、あそこの方にあったんですよ」

と指差した先には、屋内競技場っぽい建物が・・・。

「え? ひょっとしてもうなくなったの? ってことは、このプール(今回の開催場)は、新しくつくったわけ?」

「はい。多分あの辺で潰されてます。残念でしたね(笑)」

ううっ・・・。

昔行きつけだったスナックに久しぶりに行ってみると、そこには既に新しいビルが建ち、新しい類の店が軒を連ねていて、馴染みの女の子たちももう結婚して家庭に篭ってしまった・・・一瞬、そんなような気分になった。昨日からこんなんばっか?

開店休業中

 

 

 

 

 

 

今日は初日で予選競技のみであったせいか、報道席にも人が少なかった。プール脇にある「報道用ワーキングルーム(普通のプレハブ)」も開店休業状態であった。しかし、そんな中でも原さんは普通にちゃんとベストを出した。レースは、先に挙げた課題がうまくこなせていた。明日はリレーの予選も2レースあるし、力発揮の感覚が微妙に違うだろうから、その辺がアジャストできるかどうかがカギとなろう。

明日は残念ながら中継がないので、その模様はネット中継でご覧ください。私の解説はありませんので、安心してボリュームを上げてお聞きくださいませ。

でも、23年前に自分が全国デビューした「ほぼ同じくらいの場所(悲)」で、弟子が場内のどよめきを誘うようなレースをしてくれたことが、なんだかとても嬉しかったのである。

  
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いざ、会場へ・・・?

ひ、人気(ひとけ)なさすぎ・・・。昨夜は寒かった。

到着後駅ですれ違った「秋田小町」ならぬ「秋田コギャル」約2名が、ジーンズの短パン姿で「寒いぃ〜」と叫びながら速歩きしていたので、地元の彼女らがそういうくらいだがら、相当寒いのだろう、と思った。脂肪のコートを内臓から丹念に着込んでいる私には、さほど寒くは感じなかったのだが・・・。

 

商店街らしきところをくぐりホテルに入ったのだが、横断幕はじめ歓迎ムードは各所に見られるのに、ひと気がない。とりあえずテキトーにホテル周辺で店を探し、気がついたら始まってしまう秋G1の1戦目、スプリンターズステークスの予想をしながら、夕食を済ませた。相当なハイペースが予想されるこのレース。中段やや後方待機から直線一気で、上がり32秒後半〜33秒1くらいで上がる馬が勝つだろう。どれがそうかは、最後まで読めなかった。

このスプリンターズS。サンアディユが勝つとすれば、2コーナーから3コーナーで完全に出きってしまうことが必要である。後続が半馬身程度で追いかけると、後続の好タイムを演出するだけのレースとなる。4角を曲がりきったところで後続に2馬身以上つけられれば、追い込み勢が32秒で上がったって届かない。インカレのヒサヨシの2フリ状態に持ち込めるわけである。

さてこの国体。ウチの松本には、そんな思い切ったレースを期待したいのだが、どうか。彼の専門距離からすると、この国体の出場種目は明らかに短い。しかし、そこに彼の4月への課題がある。シーズン初めだからといっても、4月に向けて、高度な練習を積むための大きな試金石となる場所なので、中途半端なレースはしないで欲しいと思っている。

原にとっても50という距離は短いが、彼は松本とは対照的で、後半の25mをしっかり上げて欲しい。というか、前半25で力を使わずにベストラップで通過することが、この国体での最低目標であろう。サンアディユを「追いかける側の論理」(笑)で、頑張ってもらいたい。

秋田なんとか祭り(男祭りではない)

さて、国体にも、所属選手が出場する「○ューホテル」の隣の広場で、何とか祭りが質素に開催されていた。郷土のみやげ物が多数、しかもその場で試食(!)できる状態で販売されている。

どれどれ・・・きりたんぽに、比内地鶏に・・・おぉ〜、いいなぁ。

 

・・・って、満喫してる場合じゃない。早く会場へ行かねば。

  
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秋田上陸

秋田へ移動する飛行機に乗った。

安定飛行に入ってから、搭乗前に購入した2冊の本を読んでいた。

うち一冊は、山平重樹さん著「ヤクザに学ぶできる男の条件」。

いくらヤクザでも、「飲む・打つ・買う」のうち、3つともやり続けるようでは、身体が持たないらしい。近年はヤクザの世界も健康管理のための自己管理が重要で、有力どころの組長クラスの人たちの多くは、酒をやめる傾向が強いようである。また、最近は暴対法などの締め付けが厳しく抗争が減ったので、戦わない若い衆が増えた・・・などの、ヤクザならではのエピソードや、現代サラリーマンとの比喩が結構面白かった。特に、「ヤクザも自己管理が重要である」という話は、選手たちにも聞かせたい話であった(笑)。その中で、「できる男は甲斐性がなければならない・・・」という一文も、少し引っかかってはいた。

 

安定飛行に入り、暫くすると飲み物のサービスがある。私はスープを頼んで、本読みながらハーフーしつつ猫舌を駆使して飲んだが、隣の紳士もスープを頼んだ。そしてその紳士はスープだけでなく、客室乗務員にもうひとつオーダーをした。

「このペンダントを2つ」

んんっ? 飲食物やない!と思い横目で見ると、紳士はダッシュボードに備え付けられている機内誌の裏表紙を指し、そこにあるプラチナ(?)のペンダントを注文した。1個1万円以上もするものだが、それを2つも購入するというのだ。客室乗務員は一瞬目を白黒させ驚いたが、すぐに商売顔に戻り、スマイルを振りまきながら、「ただいま品物をお持ちいたします」と、そそくさと席を去っていった。私は咄嗟に妄想した。

「あぁ〜らぁ、○○さん久しぶりじゃない。最近来ないから、ボトル落としちゃおうか、なんて言ってたンよぉ〜。え? 何これ? うわぁ〜、なになに? どうしたのぉ〜?(なにこれぇ、ダッサー、このオヤジ。いかにも飛行機で売ってたっぽい〜) すごぉ〜い。ありがとおぉ〜(さっさと後輩にあげちゃお)。ま、座って座って。水割りにする?」

・・・放置するとそのまま妄想がブレーキを忘れて暴走しそうだったので、すぐに読む本を新渡戸稲造さん著の「武士道」に切り替えた。

しかし、到着後、さくっと現金でそれを購入する紳士を見て、またその前の本の「甲斐性」という単語を思い出した。紳士にとって、店の女の子にペンダントをお土産にするというのは、甲斐性なのだろうか。「男たるもの、このくらいの甲斐性がないといかんのか・・・」と思いつつ、私はそれを見つめた。しかし、「いや、それを甲斐性と言うのか?」という、夜遊びの機会を失って拗ねているあちらの私のツッコミも気になり、なんだか頭の中がローリングクレイドル状態のまま、なつかしの秋田に降り立った。

秋田は、実は私が初めて全国優勝した記念すべき場所である。久しぶりにその場所に降り立つわけで、少しはノスタルジックな感傷に浸る予定だった。あぁ、それなのに・・・。

到着後、ペンダントを購入するその紳士を見ると、中肉中背50代後半会社幹部・・・そんな風貌であった。スーツはグレーで思い切り国産っぽい。おそらく出張だろう。ボクも仕事のデキる人間でいたいのだが、10数年後にはそうなっているのだろうか? なんだかやるせない気持ちになって、さっさと空港を出てリムジンバスに乗った。

疲れてるのかなぁ・・・。

  
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2007年09月29日

発音

一昨日から続いた激しい頭痛が、昼ごろにやっと治まった。

原因は肩凝りである。

最近、小沢先生のところに行ってないから、そろそろ身体が悲鳴を上げている。しかし、明後日(というか正確には明日夜)には秋田にも行かねばならず、しかも明日中にやらねばならぬ仕事もあるので、バスで10分足らずの治療院にさえ、行く暇がない。電車で30分くらいの床屋にも行く暇がない。今回の放送、とにかく顔出しがないことを、ひたすら祈る。(まぁ、床屋にちゃんとして行ったからって、特に何てこともないんだけど・・・自爆)

さて、夕方に武将の学会発表抄録の手直しを行った。彼は、11月の鎌倉女子大で行われる日本水泳・水中運動学会で、ポスター発表をするのである。興味のある方は、是非お越しください。内容はバタフライのレース分析ことだが、それなりに興味深いものであると思う。

で、その校正をしたのだが。

彼は文章の中で、時折「主語」が欠ける癖がある。これは、卒論指導などでもよく見られる「今時の若者」の傾向だが、文章も水泳も、癖はなかなか抜けないものである。これには、やはり書きまくらなければならない。「泳ぎこみ」と一緒の原理だ。

そんなのを色々と指摘しながらなおしていたら・・・。

「・・・本研究では、バラフライのレースにおける・・・」

ぬっ? 何食わぬ顔して最初は左から右へ受け流しそうになったが・・・。

な、何っ?

「・・・フライ?

あ、そういえばヨーロッパなまりの英語では、時々そう聞こえることあるよなぁ。

「Men:s  100m  バァラ(やや巻き舌)フライ final. Lane number 1・・・」

むむっ、危ない危ない。

危うく、そのまま抄録に掲載されるところだった。

武将、少々お疲れでは? 

私は思う。たぶん、今頃後輩の高村がほくそ笑んでるに違いない。

  
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2007年09月27日

意識と雑音

この間出張で乗った新幹線で、寝ようと思ったら、同じ車両に女子大生風のキャピキャピした女の子4名がやたらとうるさく、寝れなかった。

昨日、出勤中の電車で、正面の席の2人組女子高生が、男友達からのメールのやり取りの話題でギャーギャー状態で、やはり寝れなかった。

今日、赤羽から新木場に行く電車。右隣に座った元女子大生(たぶん四半世紀前)の二人組が、習い事の関係の話を大声でするもんだから、やはり寝れなかった。

昼SSSの指導に行った後、やっと少し休める・・・と思い、有楽町線に乗ったのだが、ワンギャル(死語?)みたいな女の子3人(うち一人巻き髪)が、やたらハイテンションで男友達のメールのやり取り話をしていて、寝れなかった。

そして夜。夜SSSの指導が終わって、あまりにも寝てないもんだから変にハイテンションになってしまい、ウーマンズ・フェスティバルの「男版」、いわゆる「水泳男祭り」をつくろうという話で盛り上がって、周囲の方々の目を覚まし、一矢報いた。

私は高田延彦役なので、10Mの飛び込み台の上で太鼓を叩き、「男の中の男、出て来いやぁ!」と叫ぶ。

ゲストは、勿論レイザーラモン。HGもRGも両方来てもらおう。

ゲストリレーは、それに加えて「そんなのかんけーねぇ!」の小島よしおと、ふんどしが異様に似合いそうな吉田コーチ。

そうなるとスターターは、やはり渡哲也でしょ。フライングしても「彼は、不器用ですから」で許してしまう。

教訓。電車内は静かに。

  
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2007年09月25日

意識

昔、NHK教育でやっていた、糸井重里さんがMCの「you」という番組で、「坂本龍一作曲講座」というのがあった。

今でも時折そのビデオを見るが、もっとも興味深かったのは、「雑音とは、人が無視することを学んだ音」というフレーズであった。無視しなければそれは雑音ではない、というのである。

「無視しない」というのは、「意識する」ということに置き換えられる。

多くの音が集まるオーケストラの音でも、ある楽器の音を意識すると、その音階がはっきりと聞こえる。意識しないと、他の楽器の音に打ち消される。スポーツでのヒトの身体動作も、ある一点を意識するかしないかで、その動きの見方が180度変わることがある。

例えば、あちらの私が以前ストロークの動作について、酔った勢いで語っていたことがある。

手の軌跡にこだわって、ストロークをどげんかせんといかん!と思っていても、意外とラチがあかないものであると。また、自分の運動感覚と実際の手の軌跡を比べると、驚くくらいイメージどおりできていないものである。これはいくらビデオを見ようが何しようが、ほぼ100%イメージと実際の動きは合致しないものであると。

言われてみれば、中学の頃。技術家庭の先生がよく言っていた。「フリーハンドで書く直線は、直線ではない」と。あちらの私が言わんとしていたのは、ストロークの動きには必ず体幹の捻り動作・・・いわゆる「ローリング」が絡むから、自分がいくら直線的なストロークをイメージしていても、そこにローリングというバイアスがかかれば、直線の軌跡で水をかくのは事実上困難である。直線状にかくのはできる。しかし、それにこだわって泳ぐことが果たしていいことか悪いことかさえも、わからないものである。あちらの私が持っていた、原選手、松本選手、久佳選手、他、ウチのスプリンター勢のストロークパターンを借りて観察しても、何の答えもでなかった。というか、「答えが出なかった」ことが答えとなったのである。このことは、同時にスイマガ2006年1月号であちらの私自身が書いたことを、若干であるが否定するような話とも受けとめられる。しかし、実際に測定したらそうだったのだから仕方がない。そのくらい、実測と体感は符号しにくいものなのであるということの表れであろう。

手の軌跡を意識しきった方々は、多分、手の軌跡を意識する余り、その他のストロークに関する重要なことが視界に入らなくなってしまっているのではないだろうか?・・・そんな気がしていたのだが、その、私の「そんな気」をあちらの私が多分に取り入れてくれているのが、この間「片玉」になりそうになった(笑)原さんの次のDVDである。是非、クロール好きな方は楽しみにしていただきたい。

さて、あちらの私の授業では、昨日ボクが読んだ本の情報も相まって、動きを見るときの「意識」に重点を置いて、授業の講義を3種類構成していた。少し堅苦しい話ではあったものの、3コマとも、学生達も多少は興味を持って受けていたようであったが、果たして・・・。そんな話を思い出しながら、ざっと授業全体の進行や学生の反応を見ていると、あちらの私が書いていた「スポーツ教育にお金をかけることの重要性」がなんとなくわかる。

で、そろそろボクも空腹が意識され始めた。これも意識され始めると気になって仕方がないものである。この時間、とっくに晩飯はないだろうけど、そろそろ帰ることにしよう・・・。

  
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2007年09月24日

水球インカレ

午後までフリスタ事務所を借り一仕事して、その後遥々相模原まで向かった。

都営新宿線ー京王線ーJRで、1時間以上(!)。

行きはとにかく寝た(笑)。

さてついた。行き先は・・・。

陶器市?

 

相模原の上溝駅近くの横山公園で行われている、陶器市。

有田焼などの陶器が所狭しと並べられ・・・って違うわいっ!

 

 

その向こうに見える相模原グリーンアリーナで行われた、水球のインカレ決勝戦。本学対日本体育大の一戦を、応援しにきたのである。

試合は、2ピリオド以降では2点差で勝っていたのに、最初のピリオドで3点もつけられた差が最終的に響いた。

ウチのキーパーは本当によく止めた。1Pは味方のディフェンス陣に難があり、雨のように振るシュートを交わし切れないシーンが多かったものの、2P以降は、さながら「鉄の壁」と言って良いくらいの動きであった。それだけに、1Pの失点が悔やまれよう。まぁしかし、第2Pからガンガン交代しまくっていた選手層の厚いあの日体大に対して、少数精鋭ながら1点差まで追い上げた我が校の健闘は、素直に称えねばなるまい。

よく頑張った!

 

 

 

 

 

 

さて、帰りはあんまり長かったので、橋本駅で本を買った。「合気道とラグビーを貫くもの」で、内田樹さんと平尾剛さんの共著というか、ただ対談を原稿に起こしたものであったので、すんなり読め、到着までにほぼ8割がた読み終えた。

「ボールをよく見ろ」という現場の指導に対して、イチロー選手は「ボールを見ないで取る」と言っていることや、NBA選手達によく見られる「ノールック・パス」の話などの間にある矛盾点を例に挙げていて、水球の試合を観た後だっただけに興味深く読めた。

特に、「自分自身を、幽体離脱したようにして客観視できる」のは、どの競技でも重要なように感じられた。球技の場合はそれが「スキャン」と言われるような・・・たとえば、グラウンドの図面上でマーカーを置いて、相手のシステムなどを予想するようなことを、ラグビーの一流選手は、実際にグラウンドに立っているときに上からそれを眺めるようにして察知し、さらに相手の動きを確認する前に、自分が走る方向を決めて走り出すことができる能力が大事だという。

「見えない敵を見る」前に、「見えない自分を見る」力が必要なように思え、それは、水泳がうまくなるために必要な能力とも似ているように感じる。

かくいう僕も、最近自分がキーボードを叩いている姿が自分で見える時があったり、同時に遠くから物音が聞こえることもあるのだが、それはなんだろう・・・・・・・・・・でも、そんなのカンケーねぇ!そんなのカンケーねぇ!(←3日連続)という勢いで、夜が明ければまた、桜上水で学生たちが待ち受ける。

  
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2007年09月23日

サンデー下高

祭りだワッショイ!いえ〜い!

祭りだ祭りだぁ!

屋台だ金魚すくいだぁ!

みこしだ警備員だぁ!

 

 

でも、そんなのカンケーねぇ、そんなのカンケーねぇ! 

 

そんな下高井戸通り商店街の祭りの誘惑にも負けず、一日中蒸し風呂プールで缶詰だった。12リットルは汗をかいたでありますっ!(←原さんの真似=知る人は知る)

終わると、アシを務めてくれた和也の携帯に、今日の水球の結果が入った。

勝ったらしい。ってことは、明日は決勝戦!

と同時に、私も相模原行き決定! さて、スケジュール表に記入を・・・。

華麗なるカレンダー

 

 

 

 

 

 

 

(野口 智博のとある1ヶ月 by うそこメーカー)

あれっ? 書くとこない・・・。

  
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2007年09月22日

赤羽〜御宿

久々の朝JISSだった。

先日の一次選考会で多少メンバーが入れ替わったシンクロ代表チーム。

しかし、頑張り具合は変わらないどころか、厳しさは以前にも増しているようで、雰囲気にもただならぬ緊張感があった。

そうさ。これでこそ「五輪前」なのさ。この緊張感が本番まで続くわけだけど、そのことに打ち勝てるかどうかが、勝負の分かれ目なのである。こちらも身が引き締まる思いである。あくまでも心の中で「身が引き締まる」だけで、現実の身は決して引き締まることはないのだけれど・・・(笑)。

結果は、カニの味噌し・・・エビやん!

その後、御宿へ向かった。

決してエビちゃんに会いに行ったわけではない。

 

「伊勢えび祭り」の誘惑を振り切って、海岸へ行くと・・・。

 

 

 

 

 

なかなかのセンス!

 

ライフセービングのインカレが、今日、明日と御宿の海岸で行われている。ライフセーバー研究会とサーフライフセービング「ジパング」で構成されている、我が日本大学チームの応援に行ってきた。

会場の応援ボードには、このようなイラストが・・・。

 

 

 

捕ったり!

 

 

 

 

初日は予選競技が大半を占めた。本学は一応ほぼ予定通りのデキで、明日のファイナルにコマを進めたようだった。武将ブログに出ていた彼女も、かなり事前からのエネルギーチャージが功を奏し(笑)、明日の決勝に進出。活躍が期待される。

ビーチフラッグスでは、女子が3名中2名、男子は3名全員が決勝ラウンド進出。昨年好成績を挙げた萌子が、膝周りの調子が悪く準決勝で敗退したのが痛かったが、他はほぼ完璧だった。

俊、レース前。落ち着いているようで・・・

 

 

 

 

 

ナショナルチーム候補生の俊も、「アイアンマン」(サーフスキー、スイム、レスキューボード、ラン)競技予選に出場。待機場所では関根と談笑する姿も見られ余裕すら伺えたが・・・。

実はド緊張だった(笑)。

 

 

 

 

 

サーフスキーのスタート前に「手が震えた」(本人談・笑)とのこと。結果的にその緊張が災いしスキーでは出遅れてしまったものの、得意のスイムで挽回し、最後はボードの帰りに上手く波に乗り、余裕の予選通過であった。明日のファイナルでは、ジパング所属の井口クンと、競泳のインカレでも果たせなかった「日大1-2フィニッシュ」に持ち込んでもらいたい。

また、この大会から、「CPRコンテスト」に「AED」が取り入れられていた。私も関心を持って競技そのものを見たが、全体的な手順も以前より難しくなり、しかも施行初年度なので、各チームへのルールや基準の把握が難しいようであった。しかし、人命に関わる競技なので、新しい方法はすぐに取り込むという姿勢は素晴らしいと感じた。

大会はいつものようにDJが軽快な喋りと、競技の実況を行っている。長時間に及ぶ競技では、ビギナーにもわかるような競技解説も入れてくれるほどの親切さもある。お近くにいらっしゃる方や、連休中なにもすることがない方は、是非御宿海岸で彼らの熱戦を通じて、人命救助に自らの青春を賭ける学生達の姿を見ていただきたいと思う。

あと、相模原では水球がインカレを戦っているので、そちらにも是非足を運んでいただきたい。明日が準決勝。明後日が決勝&3位決定戦である。

かくいう私は、これだけ各所で自分が関わっている競技が行われているにも関わらず、明日は某所で仕事のため缶詰(涙)。でもそれは、決して缶詰をつくる仕事ではない。

だけど、そんなのカンケーねぇ!から、明日も各所で、みんなガンバって行きましょう!(↑結構使い勝手が良い)

  
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2007年09月20日

イジメられる原因だった体育は、大嫌いだったのである。

某サイトで運動会の話題が持ち上がっていて、半ば義務で(笑)書き込まなければならなかったので、書いてきた。でも説明不足だったので、長くなるが以下に詳細を記す。

今でこそこんな仕事やってるけど、元来の僕は、大の体育嫌いだった。従って、運動会は苦痛で苦痛で仕方がなかった。

一般体育の授業では、よくネタにする話である。

かけっこ・・・遅かった。

ボール・・・怖かった。

球技・・・できないと、チームのみんなからイジメられ、「無視」だの「仲間はずれ」だのは日常茶飯だった。

サッカーやって、ドリブルがうまくいかず敵チームに取られてしまい、イジメられる。その後1週間くらいで仲直りして、また野球やって、相手の打ったフライを落球して、またイジメられて・・・小学校時代はそんなことの繰り返しだった。小学校の校庭から泣きながら帰ったことは数知れない。

だから、運動と言えば、家の隣の塀を使って一人で軟式ボールを投げている時が一番楽しかった。

いろんな特徴のあるピッチャーのフォームを真似して遊んだ。巨人にいた小林投手や、ドラゴンズにいた、島根県出身の三沢投手などは格好のモノマネ相手であった。一人遊びだとバッティングができないのが難点だったが、野球盤でそのストレスを解消していた。これらは誰にも迷惑をかけず、誰の目も気にしなくて良いので、恰好の遊びを伴った運動だった。

唯一、初めてきちんと習ったスポーツ種目は剣道だった。水泳を始めるよりずっと前のことであった。これだけは自分で素振りの練習ができるので、楽しかった。しかし、実際に防具をつけて相手と戦う段階に入ると、腕やわき腹といった防具のない部分に竹刀を食らい、凄く痛くて、最終的には続かなかった。

・・・だから、自分の両親には運動会の日時すら知らせず、もし知れたとしても「絶対に見に来ないでくれ」と言っていたものだった。

水泳を始めても、やっぱり、というか泳げば泳ぐほど、なおさら球技と短距離走は苦手になった。長距離走では若干短距離より順位はいいが、間違いなく好きではなかった。そんな僕に、ちょっとしたチャンスが舞い込んできた。

小学5年の冬の、校内サッカー大会。

ウチのクラスはみんな攻めたがりやで、キーパーをやる奴がいなかった。当時の子供のサッカーなんて、そんなもんだった。必然的に、私がキーパーを指名された。

以後、毎日昼休みになると大急ぎで給食を食べ、校庭の砂場に行き、私の「特訓」と銘打った「イジメ練習」が始まる。みんな好き勝手にシュートを打ち、私がそれを止める役をやるわけである。チャンスとはいえ、やはり最初は苦痛だった。しかし、それに付き合わないとまたイジメられる。既に水泳では県の学童記録も保持していたので、このまま引き下がるのは腹が立つ・・・そう思い、イジメられていることは親に一切言わずに、毎日昼休みの「練習」につきあった。

そういえば、県の記録を樹立してからも、ヒガミ「込み」でイジメにあった。筆記用具などのモノを隠されるなんてのは、当たり前だった。

さて、最初は全然とめられなかったボールも、目を瞑りながら必死に手を出して、少しずつとめられるようになってきた。しかし、ドリブルで至近距離まで来る選手に対しての対応はできなかった。蹴飛ばされそうで怖かったのである。

約2週間、プラトーな状態が続いた。イジメにはすっかり慣れてきたものの、なんとかあれを止めたい・・・そう思っていたある日。

アントニオ猪木とアンドレ・ザ・ジャイアントのタッグだかシングルだかの試合をテレビで見たときに、走ってくるアンドレの両足にスライディングして、足を引っ掛けて倒す。いわゆる猪木流のスライディング・レッグ・シザース・・・「カニばさみ」を見た。「これだ!」と咄嗟に思った。ボールを持ってドリブルしてくる相手に、自分からスライディングして突っ込んでいけば、待ってるよりも多少は防げるのではないか? そう思ったのである。

今まで「怖い」という気持ちしかなかった自分に、沸々と「試してみたい」という不順な意欲がわいてきた。翌日の昼休み。

いつもの連中と「練習」の砂場に出向いた。最初は普通に練習していたが、ドリブルしてきたヤツに対しては、すぐに自分から動いた。「試したい」が「怖い」を超えた瞬間であった。相手は「え?」という顔をしたのを覚えているが、その後は目を瞑ってダッシュして相手に滑り込んだ。ボールよりも膝関節を前方から狙って(笑)。

何かにぶつかったような衝撃を経て、次の瞬間恐る恐る目を開けると、相手は派手に背中を打ち、ボールはサイドのラインを超えて転がっていた。自分の足は多少のアザがあったものの、背中を打って倒れ、脛を抱えて痛がっている相手を見て「よしっ!」と思った。しかし、今度はみんなが「そんな危ないことはよせ!」的な批判を僕にぶつけてきた。こちとらさんざんイジメられてきたので、とりあえず聞くフリはしたものの黙殺し、同じ手でドリブルしてくるヤツは、結果的に全員なぎ倒した(笑)。やればこちらも段々慣れてくるもので、僕の足は的確に相手の脛と膝関節を捉える術を身につけていた。スライディングですりむいた腿が、水泳の練習の際にしみたけど、逆境に立てば燃えてくる性格は、水泳のときもイジメに遭っているときも一緒であった。

そして本番の試合。

孤独感を満喫する(笑)僕以外は、チームワークがよく、下級生との対戦では無難に勝ち上がり、しかも決勝まで無失点で、なんと6年生のチームと優勝を争うこととなった。そこで「キーパーが俺のままで良いか?」が論議になったが、とりあえず無得点で抑えていたので、6年生が相手だし、こいつを使えば自分がイジメられる被害を逃れられるだろう・・・みたいな感じで、起用された。

で、結果的には前半戦の段階で、「カニばさみ的スライディング」でフォワードの6年生を次々になぎ倒した。それ以降、相手は自分たちの攻撃ができなくなったが、さすがに6年生だけあって、こちらの攻撃も通用せず、PK合戦となった。

さすがに「これは野口に任せられないだろう」・・・ということで、本当に上手いサッカー部のヤツがキーパーを買って出て、PK戦を制してしまった。その小学校で、5年生が6年生に勝ったのは初めてだったようだ。

これで、何かまたネタにされてイジメられるだろう・・・そう感じていた。しかし、表彰式を他人事のように見ていたとき、優勝チームのクラス名がアナウンスされると、「お前がもらいに行け!」と、みんなが僕の背中を押してくれた。なんだかよくわからなかったが、その勢いだけで(笑)、ほぼ全員の声を背にして全校生徒の前で表彰状を受け取った。水泳以外のスポーツで表彰され、しかもクラスメートが一緒に喜んでくれた、最初の経験である。これ以降、イジメられる機会は激減し、一緒に遊んでくれる友達も、数人ではあるができた。まぁそれでも、今よりは十分友達が多いのだが(笑)。

だからといって、当時の僕はまだまだ体育嫌いが克服できていたわけではなかった。マット運動、跳び箱・・・やはり苦手だった。球技より「最悪」ではないけど、「中の下」くらいのできであった。いわんや、水泳だって、最初からうまかったわけではない。普段指導されることを日記に書くのは当然として、その他にも必死に入門書や雑誌を読み漁った。試合会場では、一流選手のレースをストップウオッチを持って、ラップを計りながら必死に観察した。それらは、小学校4年の頃からずっとである。1年くらい見ていて、泳ぎには人によって様々な「リズム」があることに気がついた。そんなことを積み重ね「何もないところから、一つ一つ作っていく楽しみ」がスポーツに内在していることを知ったのは、実に水泳を始めて15年後・・・大学を卒業した後のことであった。

「体育やスポーツが楽しい」というのは、おそらく「できるから楽しい」のであろう。稀に私のゴルフみたいに「できなくてもそれなりに楽しい」ものもあるかもしれないが(笑)、普通、うまくできなければ楽しくない。私の運動歴では、生憎「楽しくない思い出」の方が圧倒的に多い。ただ、水泳だけは少しずつ進歩して、ある一定水準以上の競技力を得ることができたので、何とか続けてこれたのだろうと思っている。

こういった体育・スポーツ経験から、卑屈な思い出を持ちつつ今の立場にいると、こんなことを思うのである。

「体育教師やスポーツコーチは、うまくできない子供に、『なんでうまくできないのか?』を伝え、『どういう風に(あるいはどんな感覚で)やれば、うまくいくのか?』を伝える術(あるいは気づかせる術)を、いくつも持たなければならない」

あれから30年経ち、今の僕は水泳の一指導者であると同時に、教員やコーチを育成する立場にも身を置いている。しかし、そんな僕にもこのようなほろ苦く忘れられない思い出があり、それが多分、今の僕が持つ最強のアイテムなのだろうとも思う。

  
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