2007年07月31日

感激の一瞬(7月28日から遡って読んでください)

私が担当した講義では、実習の意義などについてさまざまな話をしたのだが、その中で「引く勇気も必要だ」という話もした。奇しくも、実体験でそれを学んだことを、学生たちは驚きつつも親身に受け止めているようであった。この学生たちが将来、どういった場でこの経験を生かしてくれるか、期待しながら見守っていきたいと思う。

さて、なかなか言うことを聞いてくれなかった男子の班。指導員の真澄(仮名)を取り囲んで、最後まで困らせるのか?と思いきや・・・。

真澄、大感激!

 

その班の学生たちが、真澄に色紙を渡した。全員の名前と真澄指導員に対するメッセージが添えられたものであった。

実はこの真澄。学生に書かせた感想文の中で、もっとも多く登場した指導員である。

 

「自分たちと同じくらいの年齢の、同じ学生が、実に堂々と指導しているのを見て、大いに刺激になった(要旨)」

「いつも、ライフの指導員たちの熱心さが伝わってきた。同じ学生なのにここまで指導できるのは凄いと思った(要旨)」

その他の指導員に対しても感謝の言葉は見られたが、登場回数では、なぜか真澄がもっとも多かった。色紙を手渡された真澄は、感激のあまり一瞬涙を流したが、すぐに指導員の立場に戻り、班員達に話をしていたのは、日ごろの授業での経験のなせる業であろう。何を語ったかはわからないが、彼女なりに大変貴重な夏の思い出になったことは間違いない。

指導員や先生方との別れを惜しむ受講生たちを尻目に、私はその後、ガイダンス無断欠席者や無断遅刻者などに対する「ペナルティの補講」に出向いた。この実習の、最後の実技指導である。

天丼だぁっ!(喜)

 

内容は、ペナルティであるからそれにふさわしい内容で行われた。受講者の身体に対してはかなり重いペナルティだったけど、なぜだか笑いが絶えない雰囲気の中、ここも事故なく無事に終了し、その後宿舎の後片付けも終えた指導員たちだけで昼食。

今朝までの緊張感が抜けて、やっとリラックスして食事を摂ることができたようで、会話も弾んだ。ここでもやはり大唐さん(仮名=牛乳のある席)は、走りまくった。

 

今年もいろいろなドラマがあった臨海実習。しかし、今思っても、本当にドラマで終われてよかった。一歩間違えたら「惨劇」というプレッシャーは、今もなお、私の心に刻まれている。しかし、一歩も退かず、この経験に立ち向かって、来年さらに良い実習にしていくつもりである。

参加された学生の皆様、お疲れ様でした。皆様の今後が楽しみです。

またライフの面々も、この経験を武器に、夏を乗り切ってくださいませ。

さて、久佳(仮名)と柴田(仮名)も帰国したようだし、明日は練習見に行くかな・・・と。不在だった期間の、大学での仕事が切迫していないことを祈る。

  
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2007年07月30日

暴風雨もう一話

「わたしゃテントを必死に押さえてたんだけど、だめだったねぇ。最後は一気に飛んでっちゃったわよ。でも道路にテントが飛んでいったのを見て、『あ、車が来たら・・・』と思ったら、偶然にも車がこなかったのよ。あれ、車、走ってきてたら絶対大事故になってたわねぇ」

体操の木村先生(仮名)が、昼食の時につぶやいた。得てして、事故にあうときは悪い偶然が重なるのだが、事故を逃れるときというのは、よい偶然が重なるのである。

しかし、惜しむらくは私の中止の判断がもう少し早ければ・・・というところか。

雷のことが頭にあったため、暴風雨については、事実、マークが薄かった。もう少し早く、あのどんよりとした暗さを認識できれば、もっと安全に学生を避難させられたし、人数確認の指示も早く出せた・・・そう思いながら、全員で昼食を摂れたことを感謝したり・・・。

その中で、水上先生(仮名)からこんな話が。

「いやぁ、最初我々が沖で準備していたときに、子供づれの家族が手漕ぎボートで沖に出てたでしょ」

あ、確かにそうだった。

「あの家族大丈夫だったかな?と思って、岸に帰ってからしばらく沖を見てたんですけど、しばらくしたら、その家族のボートを岸に向かって走って引いてくる河井(仮名)たちの姿が見えたんです。一年生や女子の補助学生たちは、かなり怖がっていましたけど、さすが4年生ですねぇ」

この暴風雨。ライフセーバーたちにとってもあまり経験したことがないくらいの規模であったようらが、4年生の彼らは、学生たちの無事を確認したあと、そのほかの遊泳客に対しても救助活動を行っていた(あるいは行おうと準備していた)というのである。

さすがに私も、正直そこまで頭は回っていなかった。普段は彼らを指導する立場にあるのだが、今回ばかりは彼らを頼もしく思え、さらに、学生たちのことが思考の大半を占めていた自分の至らなさを、自省した。

  
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事態急変

30日朝。

夜半の雨は一時弱まった。「雷様のお出まし」の前に、A,B両遠泳を終わらせたいと思いながら、沖の空を眺めていると、先導船に乗っている私を呼ぶ声が。

今野、リベンジっ!

「今年はちゃんと乗れました」

副主の今野(仮名)が誇らしげにボートを漕いで沖に出てきた。

そうだ。昨年の今野は、台風直前の大シケのため、ボートを出す際に転覆させてしまい、A遠泳の際に沖に出られなかったのである。

この日に備えて、、毎日就業後にビリーに鍛えてもらったことが効を奏した今野が、なぜか逞しく見えた。

遠泳スタート

さて、A遠泳は無事にスタートを切った。

しかし、思いのほか岸から沖への流れが強い。

船頭さん曰く、「干潮になっているので、沖にむかって、川の水も勢いよく流れているのが影響している」とのこと。しかし、大海原を目の前にやたらとテンションが上がっている学生たちの勢いはとまらなかった。

結果的に、沖に流されるような形となり、予定の進路からは大きく外れた。リカバリーを試みるが、いかんせん、流れが強すぎて、いくら泳いでもなかなか集団が動かない。

そうこうしているうちに、我々の集団の近くに、岸に向かって泳いでいるものの、まったく動かない小学生の遠泳の集団を発見。

「このまま進むと、あの子達にぶつかる」

そう思った私は再度進路目標の変更を告げ、集団を移動させた。しかし、それ以上にその小学生たちの進行が遅い。そのうち、一緒に指揮船に乗っていた早田先生(仮名)が、小学生の一団のボートに「沖への流れが強い」ことを告げ、小学生たちの体力の消耗に気をつけるよう呼びかけた。

大海原に出たら、所属は関係ない。知恵のあるものがみんなで助け合わなければ、大自然の織り成す恐怖には打ち勝てないのである。

なかなか予定通りに進行しなかったものの、コースを変更したのが効を奏し、A遠泳は予定時間の範囲で終了した。しかし・・・。

沖の空は徐々に暗くなってきた。

ガードステーションからの情報を急いで入手する。雷注意報が発令されたとのこと。警報に変わり次第、ステーションの旗が黄色(注意報時)から赤(警報時)に変わる。赤になったら、すぐに岸に向かって泳ぐことと、ガードステーションからもレスキューボードを出すので、それを使うようにとの指示が下りた。

沖の方の空を見ながら、トランシーバーを持っている補助学生たちに、私から一斉にその指示を出した。指揮船には高村と鬼沢(仮名)が乗っていたが、高村を救護船に行かせ、万一の際に、救護船からも学生を救助するよう伝えたのである。そうこうしているうちに、だんだん暗くなった空を沖の方向ににらんでいた鬼沢がつぶやいた。

「今、右の方向で光りました」

いよいよ、雷様の襲来である。

幸い、ガードステーションの旗はまだ黄色。稲光から音の間隔がかなり長い。したがって雷雲はまだ遠い。

最速で雷雲の到達時間は、「20分以内」だ。先導を勤める関根(仮名)に、「足がギリギリつく範囲で決行する。20分経ったら、すぐに岸に進路を変える」ことを再度告げ、準備に取り掛からせた。

段々暗くなる周辺。船頭さんも「これは来ますよ。どうしますか?」と聞いてきた。ガードステーションを見ると、まだ黄色旗である。今入れば、20分は泳げる。そう思いながら、「早くスタートしろ!」とつぶやいたその時。

海面の波が小刻みに揺れ始め、その波が徐々に高くなってきた。「やばい」と思ったその瞬間、背中から叩きつけられるように「水」が降ってきた。それはもはや「バケツをひっくり返したほどの強い雨」などと言えるようなレベルではない。風も、これまでの台風などと比べようがないほど強い突風だ。「すぐに戻れ!」と、何度か拡声器で全員に指示を出したのを最後に、船は急旋回し、船着場へ移動を開始。学生たちは叫びながら、岸へ走った。降ってきた「水」と突風は、ガードステーションの旗も完全に遮った。1m先の水面しか見えない中、船頭さんは今までの経験を駆使して、船着場に船を戻した。

船着場も波が高くなっていて、容易に船がつけられない。暴風雨に打たれながら、私は呆然と船上で立ち尽くした。しかしすぐに我に返り、他の船の無事を確認したあと、トランシーバーで交信。「全員無事か?」「早く人数確認して」そんなやり取りをしながら、防波堤から岸を見ると、海に取り残されたボートや泳者が見える。現地ライフガードが必死に救助活動を行っている姿を見ながら、遅ればせながら「B遠泳中止」を告げた。

「とりあえず、急いで全員を宿舎に戻して、人数確認をしてくれ」そう伝えながら、連絡をひたすら待った。待つこと30分。今野から電話で、「今、人数確認が終わり、全員無事です」との報告を受け、やっと安心した。安心したとたん、冷え切った自分の身体に気づき、やたらとくしゃみが出た。

暴風雨によって、B遠泳が中止になったことの損失は大きいが、ついでに、この暴風雨で学科のテントが修復不可能になったことも、予算上大きなダメージであった。しかし、何をおいても、学生や教員たちが、この突然のトラブルの中、全員怪我もなく宿舎に戻れたことが最大の収穫であった。また、この日のこの海岸で死亡事故が起こらなかったこと、その現場に立ち会えたことも、一生忘れられない経験となった。

だから、少々のくしゃみと鼻水くらいは、生きてる証拠としてとっておこう。

  
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2007年07月29日

好天の後には・・・。

初日(28日)昼前に開校式を終え、午後に初入水。

その日は好天に恵まれ、こちらからの注意事項は熱中症対策に終始した。

2日目は、翌日に行われる隊列練習を行い、その後、脚立からの「立ち飛び込み」「順下」や、「OWS体験」を行った。

この間の脚立。作って海に運び指導区域を作るのであるが、海面から約1.5m前後ほどの高さとなるので、上級者には楽しく、初級者には少し怖い高さになる。上級者は思い切りザブンザブン飛び込んだが、初級者は、無理もないのだが台上に立ってから入水までの時間が、やたらと長かった。しかし、こういったことを克服することによって、水に対する恐怖感も軽減される。私も脚立上で心を鬼にして、怖がる学生たちを煽った(笑)。

OWS体験準備

OWS体験は、近年導入したクロールによる持久泳である。学生にとっては「シゴキ」的な内容であるが、さすがに体育専攻の学生だけあって、それなりの距離をちゃんと泳ぎきる。

もちろん、ガードもバッチリつくわけだが、中級、初級班にとってはあまりガードをつけすぎるとかえってガードに頼りきってしまう学生もいて、少々困りものだ。

 

そんな中で、男子班の学生たちは、「超」がつくほどハイテンションになってしまった。それを担当する真澄(仮名)が、言うことをなかなか聞いてくれない学生たちに対して、初日から毎回、ほぼ涙目になりながら指導していた。

真澄はそんな元気印の学生たち相手に、我々からもアドバイスをしたさまざまな方法を駆使しながら必死に奮闘したが、精神的には境地に追い込まれていた。その班担当の先生が終了時に一言挨拶する際にも「もっと厳しく言ってやってください!」と、後で愚痴っていた(笑)。

 

・・・と、一見順調そうに見える実習であったが、天気図は着々と、次に我々に与える課題を用意してくれていた。

天気図

ちょうど低気圧と高気圧の境目あたりが、我々の活動地である。ということは・・・。

「雷」に要注意。

そんなことを考えていた夜になって、雨が降りだしてきた。今年こそ、順調に最後まで進んでくれるか?と思っていたのに・・・さすが厄年。

  
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2007年07月28日

まずは脚立から

臨海実習に欠かせない大道具、脚立。昨日、前日入りした何名かの補助学生達とまずはこれを組み立てた。ここから、実習の準備が始まった。

届けられた部品たち

トラックで、たくさんの備品とともに届けられた脚立の部品。

 

 

 

 

第1段階まずは、ここからスタート。

 

 

 

 

第2段階

 

次に、横に倒してもう一方の骨組みをはめ込む。

 

 

 

第3段階

 

一旦立てて・・・。

 

 

 

第4段階

天井に乗って、天板を押し込んでから、最終的に天板と骨組みを結ぶ棒をもう一本つけておしまい。

 

 

そして、本日の昼前には無事に学生達が集合し、午後から実習がスタート。幸いにも海は比較的穏やかで、水温もほどよいくらいである。この脚立に見守られながら、4日間の実習は、まずはトラブルなく始まった・・・

どなどなどーなーどぉーなぁ〜♪

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・はずだが、昨日から我々を20馬身くらい突き放すほどのハイテンションの、副手の大唐さん(仮名)。どこへ?

  
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2007年07月27日

思い出と現実

今日も試験監督と会議で一杯一杯の一日だった。しかも会議が長引き疲れたのだが、腹いせにBoot Camp腹筋版で汗を流して、残りの仕事を片付けた。

帰り道。下高井戸駅への路上で、見覚えのある顔と出くわした。以前私の授業を受けていた女子学生だが、どうやら彼氏(語尾上がる)らしき男子と仲睦まじく、前方から歩いてきた。

その女子学生。私と偶然にも目が会ってしまい「やだぁ、気まずい・・・」と言いながらも、ちゃんと照れ笑いしながら会釈して挨拶してきた。こちらとしては「おっ!」と思ったものの、恋路を邪魔するでもなく、普通に「よぉっ!」と声を掛けた。

そうだよ。青春真っ只中。そんなこと一つや二つあったって良いわけさ。むしろあったほうが楽しいだろうし。

思えば私たちが学生の頃、そりゃ運動部だっただけに様々な制限があったのだが、その限られた時間や行動範囲の中でさえ、それなりに楽しいことも少ないなりにあった。一般の学生達よりは頻度は少ないし、異性との付き合いに費やす時間も当然限られていたけれども、今となっては、若いうちだったからこそ、全て良い思い出として残せるわけである。

人間力をつくるのは様々な経験だ。君達も頑張ってくれたまえ・・・などと思いつつ、ひとりにやけた顔で下高井戸駅の長い階段を上がろうとした一瞬・・・・・・。

「うわあぁっ!」

40男の両腿の付け根に、ビリーの厳しい「エクササイズの痕」が、激しく走った。そうさ、今は照れ笑いで輝いている君達だって、あと20年もすれば、こうなってしまうのさ・・・(涙)。いや、こうならないように、悔いなき青春を歩んでくれ(叫)。

さて、明後日から臨海実習。明日はいよいよ現地に乗り込む。今年は台風の心配はなさそうだが、果たして、何が起こるかはわからない。何にでも対処できるよう、明日までに最高の準備をして、学生達に素晴らしい経験を積んでもらいたいと願うばかりである。

 

  
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2007年07月24日

ぐったりだよっ!(桜塚やっくん風)

水泳の実技の授業と、保健体育の講義の授業の採点に終われている。先週末から。

実技の方は、先週までに約300名弱の試験結果を入力し、更に土曜日にテスト不合格者の再テストを行い、それらを入力する作業が残されていたのだが、保健体育の方も、百余名のテストの採点を行い、不合格者への追試の言い渡しを明日までにおこなわなければならず、かなりテンパッた。

夜7時過ぎに全てが終了したが、ほぼ一日中パソコン内のエクセルの数字とにらめっこしたので、気が狂った。狂ったついでに、「Boot camp in」してしまった。

終わってみれば、ハムストリングスを異様に使うエクササイズだった。これが応用編だったようだが、明日もやるとのこと。明日はハートレートモニターとラクテートプロを持参することにした。筋膜炎さえ発症しなければ・・・。

帰り道、我が校の階段では膝が抜けるような違和感が起こり、下高井戸駅の階段の1段1段が、まるで棒立ちになったモハメッド・アリの左太ももへのこまめなスライディングキックのように、じわじわと堪える。明日の朝血栓症になってたらと思うとゾッとする。

某駅について家に連絡を取ると、既に晩飯はないとのこと。

仕方ないので、駅近くの安い寿司屋さんで店長が驚愕するほど一人たらふく飲んで食いまくり、店を出てしばらくおぼつかない脚で歩いていると、ふとトイレに行きたくなったので、近くのコンビニに入った。さすがに疲れたので酒の回りも早く、ミネラルウオーター必須状態だったので、丁度良かったのだが・・・。

店員さんに「トイレ借りていいですか?」と問うと、「いいですよ。そこの左側のドアを開けて・・・」と案内してくれた。しかし、膀胱の張り具合もなかなかな状態であったため、「ドアを開けて」から先を聞く間もなく、すぐにドアを開けてしまった。そこで、眼前に毅然と聳え立っていたのは・・・。

階段であった(涙)。

一瞬眼前に広がった風景を認識して躊躇する心と、膨れ上がった膀胱がお互いを見合ったが、すかさず感情が勝った私は階段を駆け上がった。

結果なんとか破裂寸前で間に合い、用を足している最中、膝がガタガタ笑うのを「お前がウケてどうすんねん!」と突っ込みながらも、よくよく考えれば、ビリー・ブランクスって、アーネスト・ホーストに似てないか?と思えてきた。

まぁ、今日はこんなところで許してやろう(←右太腿裏アイシング中の身)。あ、食事中の皆さま、下品な話題でスミマセンでした(謝)。

  
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二面性

子供の頃から、妙に人間の持つ二面性に目覚めていた。

多分、最強のプロレスラーでありながら、孤児院の子供のためにファイトマネーを与えていたタイガーマスクに見る「強い者は優しい」という教育にどっぷり浸かっていたからに違いない。「リングにかけろ」の高嶺竜児しかりである。

私たちの小さい頃は、スポーツのヒーローは「弱者に対して気が利く」人でなければならないという、様々なモデルが存在したのである。

時折昔のビデオを酒の肴にするが、先週も今週も、たまたまピックアップしたビデオに、ウイリー・ウイリアムスが登場した。極真空手世界大会3位の実績を背負って、アントニオ・猪木とダブル・ドクターストップという死闘を繰り広げ、正道会館の佐竹雅昭とも空手ルールで戦った。

そんなウイリーは、劇画「四角いジャングル」では、普段は子供達に空手を指導する傍ら、幼稚園のスクールバスの運転手という職業を持っていた。猪木と戦うことが決まった経緯で、極真空手を破門されたのだが、猪木との試合で引退したら、その後はバスの運転手で食っていく・・・と、劇画内のウイリーは語っていた。それがやけに、子供心ながら哀愁を感じざるを得なかく、印象に残っている。そんなことを、酒飲みながらビデオを見て思い出した。

さて、成功裏に終わった(と報告されている)闘魂ジュニアキャンプで、多くの子供達を相手に奮闘したスタッフのみんなにも、是非、子供達に対する、そういう心を忘れずにいて欲しいものである・・・と思っている。あと10〜20年後の水泳界は、彼らを中心に回っていく。

そして、参加した子供達は、行く行くはその子達の後輩達に対して、同じように「闘魂」を伝承していく立場に、やがてなる。「強い者とはかくあるべき」という、現代の初等教育が教え損ねたものを、ここでは大事にしていって欲しい。

その頃私は、多分天空からみんなの活躍を見ていることになる。だから、せめて生きてるうちに、「千の風に」でも歌えるようになっておこう(笑)。

(文中敬称略)

  
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2007年07月21日

オープンキャンパス

あちらの私が珍しく憤っている

彼は「過剰報道」というか、そんな話を書いているのだが、でもそれは「プレーヤー側の論理」に偏っているような気がしないでもない。

マスコミ側からすると、実際にアマチュア(あるいはアマチュア色の強い競技)は扱いにくい。第一記事になるかどうかって瀬戸際の話題が多いし、掲載したところでたいした注目も浴びにくいときたもんだ。

それに厄介なのは、例えば北島選手にインタビユーさせてもらおうとした場合、まず所属事務所の某社の許可をもらって、某社から水連へ申請して、許可が下りたら日程決めて・・・と手間がかかりすぎる。雑誌はそれでもいいんだけど、即時性が要求される新聞にとっては、この手間は決してありがたいものではない。でも、その所属事務所の方も著書の中で、水連の申請や許可を得るのは、Jリーグなどよりも手間がかかる(要旨)と訴えていた。そのことを考えると、どんなちいさなネタでも、やっぱりプロゴルファーや野球、サッカー選手の方が載せ易い。アマチュア側は、もっとシステムを簡素化することはできないものなのだろうか?と言われても仕方がない。 

ついでに。テレビ側からいうと、例えば特集番組つくるためには、できるだけ多くの選手やコーチのカットが欲しいから、勢い、練習に何日もへばりつくことになる。いざ編集するときに、「あ、あの映像がない!」という事態だけは避けないと、プロデューサーや編集者の逆鱗に触れるわけである。でも、あんまりつきまといすぎても、現場や連盟から白い目で見られそうだし・・・と、ズバリ言って板ばさみ状態なのである。おまけに選手やコーチ達にうっとおしがられたら、そりゃ酷なんてもんじゃない。

あとは、新聞もテレビも、社内の移動が激しいので、常に同じスポーツを追えるとも限らないし、次から次に紙面や番組作りをせねばならないのだから、どうしても専門知識を得るための時間的余裕がない。せめて、もっと読みやすい解説書とか、ルールブックとかしっかりしたリリースがあれば、もう少しスムーズに取材に導入できるのに・・・と思うこともある。

でも、特に民法はスポンサーの兼ね合いがあるので、どうしても視聴率を高めるための「仕掛け」が必要になる。となると、やらせにならない程度の仕込みなどは、ないと逆に、視聴率を安定して稼げるような番組が作れなくなる。

・・・とまぁ、取材者側にもそれなりの言い分があるのだろう。一番良くないのは、お互いに疑心暗鬼になることである。だから、きちんと公の場で(スポーツファンもまたこういった報道姿勢の被害者なわけなので、密室でやって欲しくない)、お互いの言い分をぶつけ合ったり、理解しあう場をつくり、お互いの立場を尊重しながらも、結果「選手がいなければ、記事や番組はできない」というオチに着地点を求めるのが賢明な気がする。

ということで、今日で前期授業が終わり、明日と明後日はオープンキャンパスである。フリスタではジュニアキャンプも行われる。是非、お時間のあるご父兄の方々は、ウチのオープンキャンパスでも覗きに来ていただきたい(笑)。ちなみに我が体育学科の「出し物」は、スポーツ心理とサッカーである。(←さりげない宣伝?) 多くの受験生、ご父母の皆さまがたのご来場をお待ちしております。

  
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2007年07月20日

あら、乾く?

昨夜、トレーナー・ボブ氏からの急な召集で、大塚駅そばで飲んだ。

指定された場所に約30分遅れで行くと、青木副会長(仮名)と、JISSで合宿中の西脇、萬久の両コーチ(いずれも仮名)およびボブ氏が、ちょうど席につくところであった。

会は、真面目な話しにせよその対極にある話題にせよ、とても公の場で語れないような話しであったので詳細は伏せる。しかし、その会に遅れてきたあるコーチが、帰り際に私に言い放った言葉だけは、ご本人の強い意向により、以下に掲載する。

「平泳ぎは、タラ・カーク! 北島はアラ・カーク(荒川区)!」

「ついでに、洗濯物も、アラ・カーク(あら、乾く)!」

・・・・・・・・平井コーチ(仮名)、合宿お疲れ様です。

  
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