2007年04月30日

指導者の不養生

とはよく言ったものだ。

先日、ブログを書き上げたあとしばらくしたら、徐々にのどの痛みが強くなり頚椎から胸椎を経て腰椎にかけて悪寒が走った。幸い微熱であったものの、大事を取って濃い目のイソジンでうがいをして土曜いっぱい寝込んだ。したがって、水連の会議には出席できなかった。せっかくあの後書類をみつけ、開催時間および場所まで確認したのに・・・。

実は、2年に一度のペースで、私は過労と思われる発熱が発生する。一昨年は日本選手権終了直後。その前は、2003年臨海実習終了後に、新習志野へフリースタイル社の練習会に手伝いに行ったときに現場で発熱した。なぜそれらが「過労」とわかるかというと、もっと以前、大学院生のときだったか、同様の症状で39度まで熱が上がり、救急入口から病院に入った経験があるため。私の過労の場合は大概喉から症状がでるので、声だしする仕事(講義など)があると、声の出にくさなどから、なんとなく「そろそろきたか」と兆候を感じるのである。

近年は、その兆候が始まると「濃い目のイソジン攻撃」(一晩に4回はうがいをする)で一気にカタをつけるため発熱は回避できていたのだが、今回に限って、兆候を感じた日に学科教職員の歓送迎会があり、その後睡魔に勝てずに気分よくそのまま寝入ってしまった。その際にうがいを怠ったことが、今回の発熱の要因となっているところまでは、自己分析できた。

で、そんなこんなで今日は土曜に休んだ分事務所で溜まっていた仕事を片付けた。一方で、夢の島ではジュニアキャンプも開催されていた。

先程の報告では、どうやら成功裏に終わりそうとのこと。今回は(株)リブウエル様の協力も得てペプチドも参加したようだし、これから始まるスタッフ打ち上げも、大いに盛り上がることだろう。ここのところ事務所のメールを見ると、ジュニアキャンプ参加経験者の方から「祝ベスト」メールがよく届くようになってきた。キャンプで苦しみながらも頑張り、それをきっかけにして所属に帰ってからも意欲的に水泳に取り組む姿勢が出てきた結果、壁を乗り越えているジュニアスイマーが出てきていることは大変頼もしい。もちろん、所属での日ごろの指導があってこその成果なのだが、我々の「闘魂シリーズ」のサポートが、少なくとも普段の練習の妨げにはならず、微力ながら好結果に結びついているのは良い傾向である。是非ジュニアスイマーたちには、水泳も勉強もしっかり頑張って、「頭を使って努力すれば、タイムは伸びる」ことを、若いうちにしっかりと学習して欲しいと願う。

さて、私はこれからもう1件、事務所で打ち合わせが待っている。ってことは、このペースだと「みんなが酔って打ち上げが架橋に入る頃、私が素面で登場」という、極めて望ましくない、且つ危険な香りがしないでもない。

  
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2007年04月28日

日米首脳共同記者会見と、都知事定例会見

を見た。というか、正確には、まだ日米・・・の方は見ているところである。

この3週間、大学業務がパンパンに膨れ上がっているのだが、雑務も含めて色々な仕事をしていると、時折この国の教育方針は今後どうなっていくのか?を考えさせられる機会が、近年増えているように感じる。特に東京の教育界は、混沌としている。次年度に新中学生を持つ親としてだけでなく、教員を養成している一機関の指導者としては、常に知事の意向を知ろうという努力は怠ってはならないとも考えているので、時間があるときは極力定例会見は見ているのである。だから、「話すことがない」なんて言わず、やはり東国原知事には、話すことがないときはネタで終わっても良いので、週1で質疑に答える機会は作るべきだろうと思う。

もっとも、私が多少なりとも教育について考えるようになったのは、実は中3秋の、高校への進路選択時が最初であった。これについてはまた機会があればあっちの僕が書くと思う。

その後、やや思想入った高校に入学したことから、なおさら色々と考えた。母も実は、高校教員の経験を持っているが故に「血筋」だったのだろうか? さりとて、当時の私自身は将来それで生業とすることなど、微塵も思ってはいなかった。その私が、こともあろうに最高学府の教員として、次代の体育教員を育てる立場になろうとは・・・などと、この間4年生と飲んだときもそんな話をしたら、学生達は大層驚いていた。

さて、我々の仕事の大枠を管理しているのは文部科学省であるのだが、今回の「教員名称変更」もさることながら、どうもそれらの改革の意図が十分に末端まで伝えられていない。今回の名称変更における文科省の本音は、「研究も教育もしない大学教員を、契約制にして徐々に排除する」というところにあるなどという噂は聞くものの、それとて確信が得られたものではない。

また、大学教員は研究者としてだけでなく、教育者としても頑張れ・・・みたいなことを言われるのだが、私のように両方それなりにきちんとやっている者と、片方しかやっていない者の給料が一緒、もしくは後者の方が給料が高かったりする現実は、文科省のやろうとしていることとは逆のベクトルなのではいか・・・などと、いっちょまえに憤ったりすることも度々ある。

・・・そんな矢先、以前私の夢にも登場した、武田聡氏が、今回の選挙で山形市議会議員となった。彼のHPを見ると、「体育・スポーツを用いた教育」というものにも高い意識を持っているようなので、今度また飲みながら話をしてみたい。大食のお姉さまもマスターズ日本新を出されたようだし、祝杯を挙げなければなるまい。

ナショナルチームの同士であり、且つライバル大学のトップスイマーであった彼がその道に進んだ。その現実を直視すると、「オレはこのままこの仕事してていいのだろうか?」とも思う。水泳部は優秀なコーチが一杯いるし、大学院で勉強しているOB連中も行く末はいい指導者になるだろう。マスターズも原さんはじめ、みんなが頑張っている。そんな状況を見ると、大学の業務などをあと数年でひと段落させたら、次のステージへ進むことも考えた方がよいのではないか? などと思ったりもするのである。

と、そんなことを考えていたら・・・明日の強化コーチ会議の開催時間を忘れてしまった(慌)。明日はどっちだ?

  
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2007年04月25日

普段着のままで。

よく、「普段着のままで勝負しなさい」と言われたことがある。試合だからといって特別なことをしようとすると、うまく行かないことが多い・・・ことを例えて言われた話だ。しかし、自ら望んでもないのに普段着な気分になれないケースも、長く生きていれば生じるものである。例えば今日のように・・・。

今朝、目指すバスが行っちまった直後にバス停についてしまい、次のバスまで15分も待たなければならなくなったので、やむを得ずJR最寄り駅までタクシーを使ったときのこと。

車内に入り、運転手さんに行き先を告げた。車が走り始めるや否や、

「いやぁ、お客さん。今日も雨だってねぇ。なかなか暖かくなんないですよねぇ」

などと世間話を始めた運転手さん。2分くらい、ゴールデンウイークに海外旅行へ行くOL達に対する僻み話を聞いていると。

「・・・ところで、何かいい匂いするでしょ?」

と話を向けられた。確かに、ほのかな甘い香りがしないでもない。私の鼻炎持ちの鼻でさえわかるのだから、結構強い香りだったのかもしれないが・・・。

「じつは、さっきその席に、内田Y紀さんが座ってたんですよ」

アイドルとかあまり知らない私でも、内田Y紀くらい、しかもつい最近離婚したとかしないとか・・・くらいまではかろうじて知っていたので、少し驚いた。

「え? そうだったんですか?」

「そうですよ。隣にマネージャーの女の子が乗っててね。いやぁ内田さんって、結構明るくていい人でしたよ。しかも、すっごく可愛いかったんですよぉ」

「そうでしたか。まぁテレビで見ると膨れて見えるっていうしね」

「いや、実物は本当に可愛いかったですって!(力説)」

「そうなんだぁ(半ばどーでもよくなりつつある)」

と、そろそろおっちゃんの話にも飽きそうになったその時。

「いやぁ、私ももうすぐ60にもなるんですけどね。35にもなる娘がいるんですけどね。事情が許せば、恋しちゃったりしそうですよねぇ

・・・ですよねぇじゃなくって。

「で、そのマネージャーの子が○○って言うんですけど、私の娘と同じ名前で・・・」

そんな話をワンメーター中延々と聞きながら、やっと目的地に辿りついた。

・・・それ以降、悶々とした気分をいつものように電車の中で仕事モードに切り替えようと必死に頑張ったが、頑張れば頑張るほど頭の中に「恋しちゃいそうですよねぇ」の音が、まるでターミネーターのように何度も何度も襲ってきた。

ってことで、今日はあまり仕事がはかどらなかった、私にとっては屈辱の一日となったのである。

 

  
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2007年04月22日

人生、水の如し。

既に平井コーチ太田コーチからも記されていた通り、私にとっては大学院の先輩であり、皆さまにとっては「チーム北島の頭脳」として知られている岩原文彦先生が、ついに、ついに長い沈黙を破ってご結婚された。

岩原さんからは、日体大大学院時代、浅見俊雄教授の研究室で色々と勉強させていただいた。時には彼の実験で、パワーマックスVの被験者もやったし、私の修論の予備実験では平井コーチからも協力を得られるよう間を取り持っていただいたりもした。常に接しているわけではないが、時折放たれるスパッと切れ味のいいアドバイスは有難い限り。昨年はフリースタイルのジュニアキャンプでも、ご父兄の方々に貴重な講義をいただいた。まさしく、今の日本水泳界の選手強化を支える頭脳とも言えよう。

式は都内レストランで、新郎・新婦の意向により、比較的フランクな感じで執り行われた。

新郎新婦入場・・・おやっ?そ、その頭は・・・?

 新郎新婦入場。おやっ? 手前の頭頂部はもしや?

「この間ブログ見ました(笑)。ウチの中里が『●●さん、オレよりたくさんコメントが載ってる』とやきもち焼いてましたよ」

 

浅見先生訓辞っ!

主賓のJISS川原先生からお二人の紹介、なれそめ暴露と祝辞があり、その後、大学院の指導教官であった、浅見先生からの「訓辞」。

「新郎は競泳、新婦はボートの選手でしたので、『水』にちなんだお話をひとつ。

水には抵抗や流れという特性があるが、それに常に立ち向かうのではなく、水のことをよく知り、その特性を生かすようにすれば、水の持つ『後押ししてくれる』という一面も生かせるようになる。

洒落たメッセージに思わず・・・夫婦生活では、お互いを『水のような存在』として、水がなくては人間は生きていけないわけだから、お互いを大切にすることで、それぞれ後押しし合えるように、ミズミズしく(笑)、末永くお幸せに(要旨)」

(手前横顔は、チーム北島およびマーメイドジャパンのウエイトトレーニング担当の田村先生)

青木副会長の有難いお説教?次に、青木副会長からもメッセージが。

「彼はジュニアの頃有望選手だったが、我々の指導方法が十分でなく、伸ばしてやることができなかった。

しかし彼は、その時にトレーニング方法について強く疑問を感じたことが、研究者になるきっかけだったようなので、それが今の水泳界の成果にも繋がっていると考えれば・・・(一同爆笑)」

(手前左は、やはりチーム北島の一員で、白石鍼灸治療院の加藤先生)

新郎とは、新婦の次に縁の切れない関係の平井コーチ

そして当然のごとく、新婦の次に新郎と切れない縁を持つ平井コーチが、新郎の高校時代に、一緒にインターハイの「場所取り」に走った頃のエピソードなどの苦労話を披露。後方の北島選手も、『時には厳しく、優しくいろんな話をして下さる岩原さんの存在がなければ、これまでの成果は挙げられなかった(要旨)』と謝辞。しかし、全ての談話が終わった後、浅見先生から「この人(平井先生)まだ独身ですっ!」と突っ込まれていた。

おやっ、太田先生じゃ・・・。

宴には、大阪から太田コーチも参加。

一流ブロガーらしく、カメラ片手に右往左往していた。

「今日の太田魂は岩原特集や!」

おおっ、←の後頭部は、もしや・・・?

 

この後、当然の流れで2次会、3次会へと駒を進め、結局この日は披露宴含め9時間にもおよぶ飲み会へと発展。そして・・・。

平井先生、北京のメダル取り後の、嫁取りに向けて本格始動か?

 

 

 

 

 

 

どうやらこのお方、本気になってきた模様?

  
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2007年04月18日

フレッシュ、フレッシュ、フレぇ〜ッシュ(松田聖子調)

このままでは確実に次週は乗り切れない・・・と自信満々に自信のない自分の体調をなんとかしようと、この間の日曜、重さ的にも重い腰を持ち上げて「リフレッシュ指圧センター」へ出向いた。

腰に違和感を感じたのもあるが、首も回らなくなったので、こってりと治療を受けたのである。

しかし治療を受けていると、隣のベッドでなにやら聞き覚えのある声が・・・。

「日本選手権見てたら、中村礼子選手がロングの水着着てて驚いたんですけど」

「さすがぁ、よく見てましたねぇ。そうなんですよ。あれ結構治療してるときに勧めたんですよぉ」

答えているのは、当然そのとき治療していた本人の小沢院長。質問しているのはウチのマスターズの某会員さんだと予測した。

あぁ、確かそうだったなぁ。中村選手はいつもスパッツタイプのやつだったけど、この間の試合では確かにロングだったか? ・・・などと、自分の薄れ行く記憶の中で思い出そうと懸命になったが、思い出せなかったので今度映像で確認しよう・・・と思い、そしてそれよりまずはその質問の声の主をいっちょ脅かしてやろう!と考え・・・。

「(ポンポンっと背中を軽く叩くと)はい、じゃぁ、向こう向きになってください」

と言われ起き上がったときに隣のベッドを見ると、やはり予想したとおり○○さんだったので、私が何気なく一言。

「どっかで聞いたことある声だと思ったらぁ・・・○○さんでしょぉ!」

と言うや否や、○○さんは古武術の甲野先生の「同時並列処理」張りに全身を一瞬にして起こし、私の顔を見るなり

「ぎゃぁ〜っ! センセぇ〜! な、なんでここにぃ?」

と、まるで死霊のはらわたのワンシーンの如く、両目を見開き叫びながら素晴らしいリアクションを魅せてくれた。まったりとした午後の治療院の空気は一変し、一気に凍りついた。そこまで大きなリアクションが得られると思わなかったので、あとでちょっとだけ反省した・・・。

それから3日後の今日。

夜の練習会に参加された方同士が、偶然リフレッシュ指圧センターでお会いしたそうで、そのことを私に伝えようと、この間の「ポトフ」の△△さんが私に言った。

「そうそう、野口さん。この間この二人、あのぉ、大塚の、なんでしたっけ?」

「はいはい小沢先生のとこでしょ?」

「そう、そうです。リフレッシュぅ・・・指圧教室で会ったんだって

小沢先生、いつの間に・・・スイマガ(小沢先生の連載)の影響か?

  
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2007年04月16日

マスターズに新風?

区議会議員選挙が告示された。

ウチの息子の、小学校の担任が突如長期欠席になった際に、いろいろと相談させてもらったはしもと直和氏(実名)も立候補している。はしもと先生とは、以前拓殖大に留学していた王大力さんが久々に日本に来られた際に、一緒に食事をさせていただいたことがきっかけで知り合った。同じ区内にいらして、しかもスポーツ好き(中学時代に水泳部に在籍され、現在も某スポーツクラブに在籍し、マラソンをされている)ということもあり、意気投合して以来、時々相談させていただいた。

あまり知られていないかもしれないが、実は政治家の方々もスポーツ好きの先生は多い。某高級ホテルのプールに足繁く通う先生もいれば、水泳部の祝勝会にもいらした森元首相は、議員や秘書達でチームをつくってラグビーをされているし、馳浩議員はプロレスラーだったわけで・・・。

そうだ。であれば、議員の方々はもっと泳いだほうがいい!

議員の方々の専門である会議は、ヒジョーに肩が凝る。しかし、水泳はその肩凝りを和らげる効果がある。これは私が現在の生活で実感していることでもある。フィンガーネイルは、本当に肩凝りによい。是非とも、議員の先生方にも勧めたいスポーツの一つである。

んじゃ、いっそのことフリースタイルで「議員コース」を作ろう! 当然、レッスンは超党派で行う。練習中は党派や委員、キャリアは関係なし。泳力の向上のみが目的であるので、例え総理であっても、かなづちであれば一番下のクラスからスタート。総理もいつもトップで肩肘張って生きるのは大変なので、たまには水の中でリラックスして欲しい。

んで、年に1回。辰巳を借り切って試合を行う。試合はもちろん、党対抗戦(笑)。なお、自民党は人数が多いので派閥別にチームを組む。もちろん党対抗だけに、インカレ同様、得点制。リレーは点数倍付けはもちろんのこと、大会新記録一つにつき、選挙の際に議席数一つを贈呈という大盤振る舞い! これはガチンコになる。当然テレ朝が「朝まで生テレビ」で実況中継。

さて、果たしてそこに「日本尿酸党」は出ることになるのだろうが、自民党一派閥に勝ったら、尿酸党が次の参議院選挙に出られるという条件を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(←この辺で妄想はやめとこう)。

 

蛇足ですが、解説者としてのあちらの私のお話がよみたい方は、ここをクリック!

  
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2007年04月13日

We are the world, we are the OYAJI?

仕事帰りに某ショッピングセンターに立ち寄った。多少、今取り組まなければならない仕事のカタがつきそうになったので、次に迫りくる6月までの地獄の沙汰の前に、少しくらいリフレッシュしたかったのである。来週は来客もあるし、授業も本格開始となるので、この土日は休むチャンスでもある。

さて、そのショッピングセンターの4階にCDショップがあり、よくそこへ行くのだが、そのショップの前のプロモ用のテレビには、ここのところ「USA for Africa」のDVDが流されている。

スター達の熱唱風景は、疲れた心に異常に響く。シンディ・ローパーのシャウト、レイ・チャールズの渋いダミ声、ヒューイ・ルイスの、小橋健太を髣髴させる握りこぶし。あぁ・・・このまま行けば、この前の渡辺真知子&八神淳子の二の舞か?

と反射的に財布を開けると・・・この先はあまりにも悲しすぎる現実の描写となってしまうので、想像にお任せします。やっぱ皐月賞に、今月の命運を託すか?

  
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2007年04月11日

神戸ユニバーの思い出

スタイルカウンシルの「シャウト・トゥ・ザ・トップ」をDVDで聴きながら一杯飲んでいる。久しぶりに。

この歌と「リドル」を聴いていると、あの時を思い出す。

大学1年の夏。初代表として挑んだ神戸ユニバー。

結果はボロボロだった。6月合宿中に痛めた右肩が悪化し、1500ではベストから1分くらい遅かった。800リレーでは、これもベストから遅れ、チームの予選落ちのA級戦犯となってしまった。

悔しくて、1500のレース後、トイレで一人で泣いた。

その頃、スタンドでは実家から応援に来た両親が、私の散々たるレースを見て残念がっていた。しかし、その横で応援していた地元小学生達ご一行に、こんなやり取りがあったことをあとで聞いた。

小学生:「あの人(=野口)、あんなに遅れてるやん(実は、周回遅れだった)。全然アカンやんか!」

先生:「そう言わんと、応援しいや!」

小学生:「なんで? 絶対勝てんのわかってんのに」

先生:「そんなんわからへん。それより、あの人(=私)は、日本の代表を決める試合で日本の中で勝って、この試合に出られたんや。だから決して弱いわけやない。たまたま、この試合でうまく出来んかっただけや。けど、代表を決める試合であの人(=私)より速く泳いだ人がおらんかったから、ここで泳げるんやで。それだけでも、大変なことなんや。だから、うまく行ってても、ダメでも、ちゃんと最後まで見たりや!」

小学生:「そおかぁ。わかった! がんばれぇ!」

隣でその会話を聞いていた母は、レース後、その先生に深々と御礼を言い、スタンドを去ったそうだ。その先生も、さぞ驚いたことだろう。

そう考えると、いまだに私の右肩が鳴らす「パキッ」という音も、決して無駄ではなかったのだろう・・・と思いたい。努力感と効力感が伴わないとき、時折タイミングよく当時の音楽を耳にすると、こんなことを思い出すのである。

  
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2007年04月10日

土岐選手、ときどきドキドキ?

一昨日まであんなにワーワーギャーギャー闘ったり喋ったりしていたのに、昨日から普通に大学で仕事をしている自分がいた。

学校関係はどこもこの時期新年度で忙しい。新習志野のプールでは、あちこちで学校関係者からの、クレームともつかなかったり洒落にもなりそうにない話しが数多く聞こえてきたし、実際に試合前日のアップでは、他大学のマネージャーが、いつもより少なく見えた。「多分、ここに来ている選手達の、1年分の大学での運命を背負って、今頃研究室を駆け巡っているんですよ」と、これもまた冗談ともとれない話が舞っていたが、多分本当にそうなのだろう。

さて、そんな昨日、NHK山形の柴田さん(仮名)から電話があった。シドニー五輪でラジオの担当ディレクターだった方で、福島の国体などでも毎晩深夜までミーティングをした方だ。あの時は、「他県の成年選手引き抜きは是か非か」について熱く語ったものだが、それ以外にも凄く機転の利く方で、シドニー五輪のときのラジオ解説の際に、通訳の方と放送中に駆けずり回ってミックスゾーンでのコメントを走って収集し、放送中にPost Itで我々に伝えてくれた方である。「ポポフ二日酔い説」や、「ペニー・ヘインズ引退決意コメント」の情報を、どこよりも早く放送に出せたのは、柴田さんのおかげであった。

「あのぉ、急で申し訳ないのですが、今日、山形の放送で、土岐選手の特集をやるので、彼についてコメントをいただきたいのですが」

急な依頼だったが、信頼できる方からの依頼であったため、その場で受けた。

「了解しました」

「野口さんは、この間の1500を見て、どう思われましたか?」

そこでなぜか、私の頭の中では先日の合宿の際に一緒に飲んだ、ある男の顔が浮かんでしまった。

「やはり、凄い競り合いでしたけど、ドキドキさせるのは名前だけにして欲しいですよね!」

「えっ?・・・(柴田さん絶句)」

決して私のネタじゃないっす。これは、担当コーチの小島先生(仮名)が、1500のあとにウチの平野ヘッド(実名、しかも元小島先生の愛弟子)にそう漏らしたとのこと。

「いやいや、そう担当コーチが言ってたって・・・(笑)」

「あぁ〜びっくりしたぁ。で、まじめな話ですけど・・・」

で、どんな話だったかは、山形方面の方、情報をいただけますでしょうか。使われてたりして・・・(爆)。

それにしても、久々に日本選手権で1500の醍醐味を魅せてくれた、土岐選手と園中選手には、素直に拍手を送りたい。今度は、松田選手相手に闘えるよう、更に力をつけていただきたいと願う。と、多分福岡の方にいる元日本記録保持者(加藤真志さん:仮名)もそう思っているだろう。

  
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2007年04月08日

おっつー。

半年の総決算が終わった。

期間中もっと書き込もうかと思ったが、まったく私に余裕がなかった。昨日からPCを開くのも億劫だった。肩凝りは限界に達し、腰は朝起きるのが辛い状況であった。今週中に、リフレッシュ指圧センターにお世話にならねばなるまい。一方で、試合期間中にガンガンとブログを更新しているコーチがいらっしゃるのが、本当に凄いことだと思える。

あ〜、放送席ぃ、放送席ぃ・・・。

 

 

 

 

 

さて、今日の放送席でのあちらの私は、なんだか自分の思考と言語中枢の歯車がかみ合わなかったようであった。しかも、最初の顔出しの際に、自分のマイクをONにし忘れてしまったみたいで、これは多分、深夜か明日のBSでの再放送(夜7時から)をればわかるだろう。

放送席紹介の際に、堂々と私の左腕が前方へぬぅっと動いているのは、マイクのスイッチを入れにいったからである。別に見苦しいものではないと思うが、こちらは冷や汗ものであった。しかし、それ以上に、藤井アナがつっかえていたのが時に笑えた。

金曜日放送分は、結構余裕を持って色々な話ができたが、今日は事前録画分を、途切れ途切れで区切らなければならず、なかなか規定の尺内で様々なことを表現するのが難しかった。

さて、これでチームの約半年分の仕事が終わった。

君たちもよく頑張った!

 

 

 

 

 

試合終了後、サブプール控え所にはヒラミ(知事)となかた(ドラ)が後片付けをしていたので、お疲れさんの握手をした。何度も紹介しているが、ウチのチームは選手の頑張りももちろん、練習係やレース分析スタッフなどの裏方が本当によく頑張っているから持っているようなものである。ってことで、まぁ、今日は「お疲れさま」だったので、なかたも一杯やってくれ。錆びない程度に・・・

  
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