2007年01月23日

私と納豆

あるある大辞典(仮称)が世間を騒がせている。

あちらの僕も、マスコミのその扱いには大層驚いたようだが、いつもながら至極冷静に、そのことを見極めている。まぁ、事件の起点は彼の言うとおりであろう。

しかし、今日のニュースで納豆が売れ残っているかのような映像が流れていたのには驚いた。多くの「納豆に燃えた日本人」は、一旦自分にメリットがないものと判断すれば、こうも簡単に燃えたものに対して捨てる気持ちになれるのか? 納豆は本当においしい。この機会に、納豆好きになった人もいるのではないかと思うし、そう願う。だって、納豆やそれを製造している人たちには、全く罪はないのだから。

さて、私と納豆の出会いはいつだったであろうか? 私は関西の人間なので、そもそも納豆は嫌いであった。実家では全く食卓に並んだことはなかったし、中国ブロックの合宿でも、納豆は見たことがなかった。今でも実家に帰っても、納豆は食卓には出てこない。生粋の京都人であった母親のせいかもしれない。

大学進学にともない上京して、合宿所の朝食の、数少ないおかずに出た納豆こそが、そもそも、私と納豆の最初の出会いだったように思う。

当時は、本当にあの匂いとネバネバ感がいやだった。同じ部屋の京都出身の小山さん(仮名)も、納豆嫌い派で、納豆が朝食に並ぶと、実家から送られた鯖の味噌煮の缶詰などをおかずにご飯を食べていた。

大学2年になる春。ちょうど今時分だったか。アリゾナのフラッグスタッフの高地トレーニング1期生として、アメリカに遠征した直後、日吉にある日大高校のプールで、日本短水路選手権(現ジャパンオープン)のためのトレーニングを行った。当時、我が大学には室内プールがなく、冬はこの日大高校プールか豊山のプールを借りていたのであるが、この時期は通い合宿であり、朝7時から日吉のプールで練習したあと、午後2時くらいまで、当地の男子更衣室界隈で毛布を引いて休み、テキトーに弁当を買うなりして食事を取り、午後の練習を迎えたものであった。

帰国間もない頃、日本食がやたらと懐かしい気分になり、朝練習終了後に朝食を購入しようと同期の大久保(仮名)と一緒にサンテラス日吉の中を歩いていた。そこで、ショーウインドーの中に燦然と光を放つ、「納豆定食」を見つけたのである。

以前は全くウマソーだなんて思わなかった納豆が、そのときだけは何故か、まるで鉱山の中にあるダイヤモンドの原石のように、私の目を捉えて離さなかった。これは「富士そばのカレーカツ丼」の比ではない。よくこういったときに、「何かが乗り移った」というらしいが、まさしくそのノリで大久保と一緒にその定食屋に入り、私は「納豆定食!」と注文していた。

同じ部屋の大久保は、「あれっ? お前納豆食えたっけ?」と不思議そうな顔をしたが、全く意に介さず、とにかく私は醤油をドボドボかけて(笑)、納豆をご飯にかけて、一気にご飯をかき込んだ。変な感覚だったが、久々のご飯に混ざった納豆の匂いには抵抗感はなく、むしろご飯がどんどん食べられる「おかず力」に驚きつつ、1杯の納豆で普通にご飯をお代わりした。納豆を食えない関西人が、見事にBreak Through した瞬間であった。

以後、納豆卵焼きや、マグロ納豆など、私の納豆好きはどんどんエスカレートした。ついには、小山先輩に対して「卒業までに必ず、先輩の口に納豆を入れて見せます!」と宣言し、「てめぇ、そんなことしたら絶対ぶっ殺す!」と言われるに至った。結局、私のオリンピック出場と同じように、その夢は現実にならなかったのだが・・・。

ひょんなことで、自らの評価が激変してしまった納豆。しかし、納豆には確かに多くの効果、効能があるのは明らかである。今後、納豆には何があっても、自ら目指す道を突き進んで欲しい。今現在の周囲の評価がどうであろうと、君の特性は必ずやまた認められるはずだから。

 

  
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2007年01月21日

祝勝会とカレーカツ丼

金曜に我が水泳部の祝勝会が開催された。

まぁ覚悟はしていたが、多忙な週の週末で、しかも4時間程度飲まず食わずで立ちっぱなしだったため、やや疲れた。

その後、部長と監督が我々現場スタッフに気を使って下さり、遅い時間であったものの、別の場所で食事会が開かれた。こういうときは皆疲れているので、水泳の話などほとんど出てこない。

結構たらふく食料をいただいたにもかかわらず、メタボリック系のスタッフたちは、なぜか「メガマック」および、某コーチのブログで話題になった「富士そばのカレーカツ丼」の話題で大いに盛り上がった。

実は、私はメガマック販売初日、既にそれをいただいた。ビーフがパサパサしたのが気になったし、大きさも期待したほどではなかった。ビッグマック2個食ったほうがいいかな・・・とも思っていた。そんな感想を同士(?)に話しつつ、カレーカツ丼を平らげた某コーチの話を聞いていると、おなか一杯のはずなのに、私の脳の上には、徐々にカツにとじられるはずの卵が押し寄せてきて、その上から更にカレーが侵食してきた。

翌日朝、子供を塾に送った後、フリスタ事務所へ荷物を持っていく用事もあったため、一路水道橋経由で飯田橋へ向かう途中、ふと「富士そば」の看板が私の目に入った。すると、昨夜の会話が一気にフラッシュバックされ、気がつくと、私は券売機の前に立ち、千円札を券売機に吸い込ませていたのであった。

カツは、普通のカツ丼に乗っているカツで、卵もそばつゆの出汁を使って作られたものであった。カレーも、カレーうどん・そばに使用されているそばつゆ出汁カレーであったので、確かに昨夜の報告どおり、「だしの味がダブっていた」は当たっていた。しかし、味はともかくとして一つだけ私が不服だったのは、「量」である。

確かに「カツ」と「カレー」というヘビーな組み合わせで、なおかつ「卵」もとじてあるわけだから、胃に対して強いアタックは避けられない。しかしながら、だからといってご飯の量を普通のカツ丼よりも少なくするというのは、至極発想が一般的過ぎる。

「カレーカツ丼」を食べようとする者は、そもそも「メタボリック」と言われることに、恍惚感さえ感じるていようなヤツに違いないのである。であれば、遠慮なくご飯もガッツリ入れて欲しい。そう強く感じたのであった。

結局、しつこいうようだが味は予想通りとして、私は満たされない思いを胸に店を後にした。その約1時間後、塾の昼休みに出てきた愚息とともに、塾近くのラーメン屋に入りいつもどおり替え玉食って、少しだけ憂さを果たしたのであった。

  
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2007年01月17日

主語述語、形容詞と発音

日曜のレースの疲れか(?)、少し身体が重だるい。今日は夕方に、文理のプールで少しクールダウンした。相変わらず感触はいいのだけれども・・・。

さて、昨日電車の中でのこと。私の目の前にいた結構優秀そうな男の子と、賢そうなお母さんとの会話。

子:「今日、『卑弥呼』ってのを習った」

母:「あ、そう。『卑弥呼』って、2つの説があるの習った?」

子:「そうなの? よくわかんないんだけど、『こじき(語尾上がり)』に載ってたやつを習ったんだ」

母:「あれっ?『こじき(語尾上がり)』だったっけ? 違ったような気がするんだけど・・・」

子:「えっ? 『こじき(しつこく語尾上がり)』だと思ったんだけどなぁ・・・」

・・・・・・・・それ「事記アクセント先端)」だろうがぁ!」 しかも、卑弥呼の事書いてあんのは、「『魏志倭人伝』だろうがぁっ!」と、どれだけ突っ込みたかったか・・・。

その後、水泳2の年度最後の授業前のミーティング。高村指導員(仮名)が全体に一通りの指示を送る。

高村:「着衣泳は、救助法の一種なので、真剣に行わせるようにしてください」

指導員全員:「はいっ!」

高村:「あと、最初で最後の授業なので、気を引き締めて事故のないようにお願いします」

指導員全員:「・・・・・・・・・・は、はいっ!」

高村:「それでは頑張っていきましょう! お願いしますっ!」

指導員全員:「お願いしますっ!」

その後、全員が高村にむかって・・・

「『最初で最後』ってどういうこと?」

と問い詰める。

・・・・・・・ははぁ、そうか。こう書けばわかるだろう。

「今日の授業は、『今年最初』の授業でありますが、『今年度最後』の授業でもあります」

日本語は発音も文法も難しいものです。

  
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2007年01月15日

正夢か?

昨日の、久々の日曜。自宅でテレビをつけていると、大相撲中継で、デーモン小暮閣下と岩佐さんが喋っていた。

去年のライフのチーフであった芹澤(仮名)がデーモン閣下の信者だったなぁ、とか、岩佐さんとも水泳の中継で結構お手合わせしたなぁ・・・などと思い出しつつ、デーモン閣下の相撲談義を聞いていた。氏はかなり相撲よく知っていることは私も知っていたが、「とうとう去年は、相撲の仕事をキャンセルするまでになった」と聞き、いつか私もプロレスの仕事をキャンセルするまでになりたいものだ・・・などと考えた。

まぁそんなこたぁドーデもいい。

モノホンの横綱・朝青龍の取り口について、デーモン氏の話が結構興味深かった。以前は立会いでぶつかることを主体としていたのに、去年はその立会いに変化したという話。詳しくは、いつか「もう一人のオレ」が書くと思うのだが、「なるほど。やっぱりどんな分野でも、自分のやり方に固執したり、固定観念があると進歩しないんだよなぁ」と感心しつつ、この間文理のプールで一人で泳いだときのストロークの感触を思い出し、「確かに、あんな感触は現役時代なかったもんなぁ。泳ぎなんてのも、いつまで今言ってることが通用するのかなんて、わかんないもんだよなぁ」などとぶつくさと考えつつ・・・。

気がついたら、新習志野のプール。2007年日本選手権が開催されている。今日は男子100m自由形。私は「今日はウチの大御所がみんなこぞって出るので、コーチ席にいたい」と言っていたのに、なぜか、「どーしても」ってんで、解説席に座る羽目になってしまっていた。気もそぞろに放送の準備をしていると、「野口さん、招集です」と、ヒラミ練習長(仮名)が放送席に走ってきた。

「え?」

と驚いていると、放送席でも「設楽さんに入ってもらうことにするので、どうぞ、行ってきて下さい」と、ヘッドセットをかけた岩佐さんはじめ、皆が私を放送席から追い出す。

「なんだこりゃ?」状態で急いでジャージに着替える。なぜか、原さんとおそろいのフリスタジャージが準備してあった。「うそだ!」などという暇もなく、そのまま召集所にいくと、全選手が「やっときたか、この老いぼれめ」みたいな顔をして待っている。おい、ちょっと待て、そんなんじゃないのに・・・そう思いつつも、そのままプール入り口で並ばされ、入場。

「ったって、アップもしてないのに・・・、えーい、こうなりゃ開き直るしかない!」

と、男子100m自由形決勝に出場。スタートはなぜか、隣コースの久佳に遅れること1/4馬身で、泳ぎの感触は悪くない。その向こうに原さんがいるのだが、なぜか私から頭ひとつ遅れている。右側には細川選手。更にその向こうには小島選手が泳いでいるが、ほぼ併走状態で50をターン。

「あれっ? まだ余力がある。ひょっとして・・・?」

ターン後、久佳との差は体半分になったので、「こりゃ行かせるしかない」と思いつつ、その向こうの原さんは、まだ上がってこない。「おまえ、それじゃまずいって!」と思いながら反対側には細川選手が前に出ようとしている。やばい、ここは負けられない! と思いつつ脚を打つ。この間から原選手と取り組んでいる脚のうち方が、これがまたやばいくらいうまく入り、加速してきた。久佳の頭が段々近づいてくる。しかし、細川選手がパワー捲くりを見せる。やっぱり若いやつは違う・・・と思いつつ、久佳の向こうを見るが、原さんはまだ上がってこない。「何やってんだ、速く上がれっ!」と気にしながらゴール。

1 サトウヒサヨシ  ニホンダイ 49.37 NR

2 ホソカワダイスケ グンゼST 49.87

3 ノグチトモヒロ   Fスタイル 50.32

4 ハラヒデアキ   Fスタイル 50.33

・・・うわぁ、英晃またやっちまったやんかぁ! しかも、1/100秒差。さらに今回は相手がオレかよっ! え、これって、ひょっとして、夏の「インターナショナルなんとか」に、オレもリレーメンバーで出ろとか、そんな話になるまいな? いや、それは断じてできん! 練習できてないし!

「でも、オレが(代表入り)拒否したら、原さんに(代表が)回ってくるから、それでいいでしょ!」

社長に必死に説得する私。上野監督まで心配そうにサブプールにやってきた。でも、なんで表彰台に上れたのに、みんな心配そうにしてるんだ・・・?

・・・気がつくと、朝青龍が土俵に上がっていた。

私は、この寒いのに冷や汗をびっしょりかきながら、目を擦ってテレビを見た。こんな夢は正夢になっては困るので、公開することにした。

まってろ、ピーターっ!

 

 

 

 

 

いや、ないないない、ないから。冗談だって。ごめんね、ピーター。

  
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2007年01月14日

卒論提出!

昨日が、我が学科の卒論提出締め切り日であった。

私が先週火曜までスケート実習であったために、実質最後の指導は水曜からスタートとなった。仕上げの期間としては短い方であった。しかし、年末までにある程度仕上がっていた者は、完成度を更に高めることができたし、そうでない者も、ラストスパートで必死に追いつこうと努力した。

そんな提出前日のこと・・・。

ゴチになりましたっ!

 

 

 

 

 

 

2限の水泳の授業を終えて急ぎ足で研究室に戻ると、我が研究室で執筆している学生たちの有志が、私の机にお供え物を置いていた(笑)。

ちなみに、PCの壁紙には私と某アイドルの記念撮影が飾られていて、見ようによってはまるでそれが遺影にも見える。これでお線香と花束があれば、立派な「ご仏前」である(爆)。私が時間がないのを知っててのご配慮か、はたまた「あんたは飯食ってる時間与えないから、これ食って早く論文見てくれyo!」という要求なのかはわからないが、とりあえずありがたくいただきながら、私が現われるのをてぐすね引いて待っていた学生たちの論文をチェックし続け、そしてまた3限の授業へと飛んでいった。

まぁそんな日々が、昨日でピリオドを打ったわけである。

しかし、卒論はこれで終わりではない。これから、もう一度自分の作成した論文を見つめなおし、口述試験までには、「欧米かよっ!」などどんなツッコミにも耐えられるように準備しよう。卒業への最後の難関である。頑張ってもらいたい。

  
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2007年01月10日

スケート実習終了っ!

美川憲一登場?

 

 

 

 

 

 

一昨日の富士山の様子である。

「凄い雲の流れですよねぇ」

「いや、これは富士山の西側から、約3000名くらいの大道具さんたちがスモーク炊いてんだよ!」

「そんなバカな!」

「よく見ててみ! そのうちあの雲の頂点から、美川憲一が登場するのさ」

・・・そんな、風も強く気温も低い日もあった。 

ごくろうさんっ!

 

 

 

 

 

 

 

しかしながら、そういった数々の困難にもめげず、昨日無事に実技全日程を消化。今朝の筆記試験を終えて、実習は無事終了した。私が指導を担当した初心者班も、全員が「大学スケート連盟」の「バッジテストC級程度の滑走技術」のスキルテストに合格し、その上アイスホッケーも楽しんだ。何より、ここ何週間か、世界に誇る富士山に見守られつつ過ごしたことは、生涯忘れないだろう。

2007年最初の学科行事を、とにかく無事故で終えたことで、私としても一つの大きな責任をは果たせた。そして、スケートが見た目よりも意外と難しく、しかしある程度の滑走技術をマスターすれば、それなりに結構楽しめるということもわかっていただけたのではないかと思っている。 

さて、偶然にも今日の夕方のワイドショー番組で、オフィス街にできたミニスケートリンクの杮落としで、浅田選手が滑っているシーンがテレビに映し出された。今回の実技指導で行なった数々の滑走の基礎技術を、何気なく披露している彼女を見て、私も次年度までには「イナバウアー」くらいできるようになっておこうかな・・・と、心にもないことが頭に浮かんできたのであった。

その後、水泳部の新春大集合に参加し、夜はスタッフミーティングを行なった。その帰りに、埼玉方面に帰る某スタッフが、東横線の出口で「スイカ」のカードを詰まらせてしまい、ヒンシュクをかった。今年はスイカ+営団線などなどのカードも発売されるようなので、彼は前向きに先読みしたんだよな、多分。

実習中、学生にはよく言ったものだ。「氷上で転ぶときは、『あごを引いて腰を低くして後方へ』。しかし、男なら、人生は『常に前のめり』で行け」と。でも電車の改札の機械には、その心意気は伝わらないことくらい、肝に銘じたいものである(笑)。

  
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2007年01月06日

祝・短水路ながら日本新

そうなんだよなぁ。こういうときに仕事の都合で、そばでレースを見ていられないというのが、本当に悔しい!

また、日本新だけでなく、我がチームの「日本選手権標準タイム未突破者」が、徐々に減ってきているとのこと。今日新たに2名が突破。だんだん、みんなで日本選手権を戦う体制になりつつある。それも嬉しい。特に、インカレに出られなかった選手が標準を突破したことは、我がチームにとって大きな収穫だ。

他にも、惜しくもあと0.何秒で選手権標準突破ができなかったものの、自己ベストを出した選手もいるということで、且つ、明日に得意な種目や、これまでの練習の成果を出せる距離を控えている選手も多いし、個人で日本記録を狙える選手もいる。チームとしてどんどん勢いに乗って、一人でも多くの選手が、日本選手権に駒を進めることを祈っている。

さて、こちらといえば・・・。

今日はスキー実習?

 

 

 

 

 

 

数々の五輪メダリストを生んだ伝説のリンクの、雪景色・・・「スキー実習かよ?」。

やっぱ、今年は厄年か・・・。

  
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2007年01月05日

2007年初出張

学校は冬季休業中。しかし、今日から学科行事の「スケート実習」。

今年の初出張です。

で・・・。

まいどっ!

 

 

 

 

 

 

またお前かよっ!

  
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2007年01月04日

I編集長を偲ぶ

今日、何気なく週プロを読んだが、巻頭言を読んで驚いた。

このブログではおなじみだった「週刊ファイト」の、元編集長であられた井上義啓さんが、12月13日に胃がんのため他界されたとのこと。

氏は、「プロレスファン」を超えた存在を「プロレス者」と定義され、多くのファンを持つ「ペンで戦うもう一人のレスラー」的存在であった。その歯に衣着せない文章でありながら、さくっとプロレスに対する愛情を表現される記事の数々は、私も原稿作成の際に、恐れ多くも随分参考にさせてもらった。取材が深く、スポーツを見る目を肥やすことがどれだけ大事か、また情報に対する意識の高さも、記事を通じて教わった。

是非一度お会いしたかったのだが、かなわぬ夢となってしまったのは、大変残念である。

しかも、亡くなられた時期が、週刊ファイトが休刊になってすぐであったことから、同紙が休刊になり、生きがいが半減したことが寿命を縮めたのかとも考えられる。あるいは、生涯独身を貫き、プロレスに対して全てをささげてきた人生に、そろそろ疲れたのか・・・。病名が胃がんなので、それ以前に随分と数々の団体と喧嘩しながら記事を書かれたことの心労の蓄積から来るものだったのかは、定かではない。

傍目から見ると、「好きなことを極めた楽しい人生」のように思えるかもしれないが、実際には様々な団体と取材を通じてトラブルもあったようだし、苦難の日々ではなかったかと推測する。その日々の中で、ファンとプロレスについて話をする「喫茶店トーク」の時間が、唯一、氏が心和ませつつプロレスを楽しめる時間ではなかったかと思うのである。

「好きなことを続ける」のは、傍目では凄く楽しそうに思えるだろうが、実はそれも大変なことだし、様々な障壁を乗り越えなければならない。私もよく「好きなことで収入を得られて、羨ましい」といわれるが、実際には身の回りには大変なことばかり起こり、正直、うれしいことよりも、辛いことのほうが遥かに多いということは、誰も知らない。むしろ、生業にするものと楽しみは、別の方が、普通に、かつ常に新鮮に楽しいと感じることができるというものである。

しかし、自分が生きがいにしたものに対して、常に正面から向き合い生き続けた姿に、感銘を受け、辛いながらも「私もそうありたい」と思える自分がいるということは、私の中にもまだ、その資質が若干あるのだろうと、そんなことを、井上氏の訃報を機に、再度考えさせられた次第である。

返す返す残念だが、氏のご冥福を祈りたい。そして、氏がおそらく最後に見たかったであろう、新日本のドーム大会を、これから眠いのを我慢してテレビで見届けよう、と思うのである。合掌。

  
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2007年01月03日

末吉の一粒もみ

昨日、マッチョ・ドラゴンとご一緒させていただいた初詣のあと、おみくじを引いた。ここのところツキに見放されていた感があったが、ものの見事に、おみくじもドツボだった。まさしく、厄年が反映されているように思えてならなかった。

しかし、そのおみくじには、こんなお土産が入っていた。

みんな、いつか芽を出せ、花を咲かせろっ!

 

 

 

 

 

一粒の種も、撒けば万倍の粒になる。例え、そのときには荒れ果てた野山であっても、種をまき、きちんと水をやり手入れすれば、数年後には木々が生い茂ることだってある。私の仕事もそんなもんだ。今年撒く種だって、いつか芽を出し、花を咲かせるだろうと信じて、一生懸命手入れしてやることが大事なのである。

さて、明日から学生の練習が再開されるし、卒論チェックも最終章に突入する。私にとって、今日は年始最後の休日ということもあり、一日中、やっとではあるものの、溜まっていた年賀状を書いた。

富士山よりは低い

 

 

 

 

 

 

何枚だか数えていないが、来た年賀状の中身は、

「いつもブログ楽しみにしております」

という、私の無駄な努力に同情してくださるものや、

「SSSに復帰したい」

という、最近フリスタ練習会ご無沙汰の方。また、

「今年は年齢区分が上がります」

と、密かに「練習を少しやさしくしてネ!」という、フリスタ会員の懇願込みのものや、

「今シーズンこそ、頑張ります!」

という、水泳部員の切羽詰った「決意表明」に加え、

「今年は、通勤電車でおにぎりがカバンの中でハレツしないように気をつけます」

という、教え子の「年賀自爆テロ」まで、様々である。

まぁしかし、年賀状を見てみると、特に教え子関連に関しては、「現在○○で勤務しております」とか、「教員○年目になりました」とか、「教採合格しました」、「新しい道を歩み始めました」など、現在の仕事の状況を報告してくれるものもあり、すべてに驚いたり感心したりしつつも、微笑ましく思えるものである。

マスターズでも水泳部のプールでもキャンパスでも、私のもとで苦労された方々は、みんなそれぞれの舞台でより大きくなれば・・・と願うものである。しかし、間違った道に行きそうになれば、いつでもあて木などをして補強したり矯正すべきなのだろう、とも思える。そうやって、いろんなところで撒いた種は、各地で着実に成長してくれれば、それは大変喜ばしいことである。

そして、書くいう私さえも、着実に横に成長している。きわめて無駄に・・・。

ということで、明日がそんな感じで、明後日からは実習で不在になるため、明日以降に到着する年賀状に関しましては、お返事が10日以降になること、この場をお借りして連絡させていただきます。何卒、ご承知おきくださいませ(爆)。

  
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