2006年07月30日

祝・さかもっちゃん!

フリスタの練習会で嬉しい知らせがあった。

会員のさかもっちゃん(本名:坂本広さん。中国語を学ぶ某大学1年)が、今年初めて障害者水泳の日本代表候補に入れてもらえたとのこと。

彼は右腕肘先欠損の障害を持っているが、非常に元気で真面目なアスリートである。高校時代(あれ?中学だったっけ?)よりウチの練習会に通われ、学校の部活動と両立させながらコツコツと練習に励み、ベストを更新してきた。昨年末から今年にかけて、大学受験などがあって練習が中断した時期があったものの、4月から練習会に復帰し、早くも先日またベストを出した。「おっ! ヤマタク君(山田拓朗選手=アテネパラリンピック代表)に近づけたか?」などとからかっていたら今回の通知があり、驚くと同時に大変嬉しかった。練習前には参加された会員さんたちにそのことを披露し、大いに盛り上がった。

これでさかもっちゃんは、国際舞台に挑戦するための船に「片足だけ」乗っけた状態に入れたわけだが、両足入れられるかどうかは今後の努力次第である。

いや、しかし、まず「出場権を得る」ことは大事だが、それを「出る」ことを目標にしてしまうと、実際に出られるレベルまで実力を引き上げるのは困難だ。幾多の戦いで私は身に染みてそのことをわかっている。確実に出るためには、もっと高い目標を掲げなければならない。すなわち国際大会には、決して「出る」だけを目標にするのでなく、若いからもっと背伸びして、国際舞台でメダル取るくらいの勢いで頑張ろう、さかもっちゃん! そこまで力つければ、間違いなく出られるようになるし、その上国際舞台への船に乗っても船酔いはしないから。間違いないっ!

  
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2006年07月29日

臨海「後の祭り」

臨海実習でのひとコマ。

本田多聞

最終日の「ペナルティ補講」になってやっと水温が上がってきた。写真は激励に訪れた本田多聞。

 

 

 

 

シーバー

実習中は脚立の上で私と監視の新北、陸の監視の学生達の間で、トランシーバー(シーバー)を用いて情報交換。

新北;「あと30秒で残り15分のサインを出します」

うんっ? 15分なんてあったっけ?

陸監視の河井;「新北さん、15分のサインってありましたっけ?」

新北;「す、スミマセン。15分はありませんでした」

しばらくして・・・。

河井;「新北さん、新北さん」

新北;「はい、なんでしょうか?」

河井;「10分前のサインってまだでしょうか?」

新北;「・・・あ、スミマセン。10分前のサイン出し忘れました! あと30秒で出します」

新北ほぼ崩壊状態。

またしばらくして・・・。

新北;「あと30秒で残り5分のサインを出します。・・・5、4、3、2、1、挙げます!」

あと5分

 

 

 

 

 

 

私;「お前らは挙げんでいい!」

田上明

 

今年もいろいろあった臨海実習。

来年はどんなドラマが待ち受けているだろうか? きっと写真のように、田上明も、きっとどこかの海で元気な学生達を見守っていることだろう。

(以上、写真提供;ボート転覆による精神的なダメージが計り知れない今野副手)

  
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2006年07月28日

船酔いその後

本当に辛かった。

生まれて初めての船酔い。車酔いは幼いころ何度も経験したが、船酔いがこんなに苦しいとは思わんかった。

遠泳の楽しみの一つに、その完泳後に出される「お汁粉」がある。学生たちは喜んで何杯もお代わりしていた。それらは教員にも出されるのだが、あれほどまでに無駄に強かった私の胃はまったく甘いものを受け付けず、ついに最後までお椀に手をつけることはなかった。いつだかの王監督について書いたことでバチが当たったか?

「え? 先生もですか? 実は僕もかなりきつかったです」

後半の遠泳で先導船に乗った高村が、そう一言漏らした。

「いや、きつかったなんてもんじゃない。本当に込み上げたものをどこに出そうか考えてるくらいだったさ」

「そういえば、目黒もそう言ってました」

救護船に乗っていたもう一人の学生指導員の目黒君も、同様に船酔いした模様。

そのくらいの大波を乗り越えての遠泳全員完泳。やはり学生たちは、あらためてよく頑張ったものだ。

さて、その日の午後は少し日が照ってきた。ようやく臨海実習らしい気候になった。午後の内容は、泳法テストやCPRテストがメインだが、レスキューボード体験や、班によっては簡易シンクロ(笑)なんかやるところもあった。やや時間は押したが、それぞれの班の指導員がみな工夫して指導にあたっており、受講生もそれを楽しんでいた。

ボード体験

(左;様々な救助機材を使ったレスキュー方法の体験。やっと乗れたボードにご満悦の模様)

 

 

 

擬似シンクロ

 

(左;ウオーターボーイスよろしく、海中シンクロか? 塩水なのでバレーレッグくらいはなんとか?)

 

 

 

その日の最後には、恒例のレスキューデモンストレーション。

旧式の救助法と、レスキューボードを使用した新式の救助法を、ライフの学生たちがみんなに見せる。指示を出しながら、新北チーフが解説する。学生たちは、特に旧式の救助法のデモの際に、かかっている手間や動員している人数に驚く。近年の救助技術の進化は著しいが、どんなに手間は変わっても、人一人の命の重さには変わらないし、失うことよりも救う方が難しいのである。

レスキューデモ

 

(左;溺者発見っ!)

 

 

 

 

生きることができる人は、ネバー・ギブアップの精神を忘れず行こう。神様は、「乗り越えられない試練は決して与えない」のだから。

さて、このデモに驚いた人は、ぜひライフセービング競技会での「アセスメントテスト」を見ていただきたい。きっと驚愕するに違いない。

沼田さんと

 

(左;全日程を終了して。沼田さんを囲んで)

 

 

 

夜に、同じ岩井で臨海実習を行う日大二中で指導のお手伝いに来ている、ウチのSAの晃子、彩子と、同じ3年26組の山田に会った。3人ともトライアスロンサークルの一員で、他のサークルの学生達と同校の指導を手伝っていた。一人あたり7名前後の生徒を受け持ち指導を行っているようで、相変わらず元気そう。

私;「お前らのところは遠泳いつ?」

晃子;「今朝上級班がやる予定だったんですけど、中止になりました」

ゲゲッ、やっぱり結構無茶やったんかな・・・。しかし、ウチがやったこと、そして全員が完泳したことを伝えると、「死霊のはらわた」に出てくる主人公の如く、3人とも驚きの表情を浮かべた。

ちなみに、他にも岩井で中野区の公立校の臨海実習を手伝っている本学の学生もいたようで、岩井には日大旋風が巻き起こっているようでもある。

26日

翌日、ついに梅雨前線は分断され、快晴の中で閉校式を行い、ガイダンス無断欠席者などに対する、ペナルティの補講も行った。

 

 

補講者は皆一様にテンションが低かったが、晴天の中の海をそれぞれが満喫した模様。おそらく全員が初体験である「ラン・スイム・ラン」も短縮版で経験し、皆脚をパンパンにさせた(笑)。

指導者は、ただ指導するだけでなく、指導しながらも実は指導されている人たちからいろんなことを教わることで成長できる。毎年臨海に来るといろんな目に会うが、今年もまた自分が成長できる手応えを感じた。ちなみに、食事があまりにもよかったため、体重が少し成長してしまった・・・。

水平新

そして、高村の漢字忘れは、依然として変わることはないのである。

 

 

  
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2006年07月26日

気合の遠泳

25日結局前線はどいてくれなかった。

しかし、いつ何時でも戦う姿勢が整いつつある学生達は、勇躍遠泳スタート地点にやってきた。

この後起こる様々な障壁を乗り越えられるかどうか? 天は果たして味方となるか、獅子が我が子を谷底に突き落とす、鬼親父となるか?

 

幸いにも、夜の気温が比較的低く、学生達は十分な睡眠時間が取れているようだ。また、昼間の直射日光を浴びることによる一時的な過労状態に陥っている学生も皆無である。例年、晴天が続くと必ず4、5名程度は発熱を訴えてくるものだが、今年はそれがない。2件ほど発熱っぽい男子学生と、やや体調を崩しそうな女子学生から申し出があったが、一緒に帯同して下さっている先生方の多大なるご協力もあり、全員がスタートラインに立つことができた。

しかし、実は朝一番でとんでもない連絡が入った。

先導船の船頭さんから電話で、「かなりシケッているから中止にしたほうが良いのでは?」とのこと。こちらも学生の指導員が朝イチで検温などに出向いているが、新北チーフによると「何とかできそうじゃないかと思います」とのこと。15分くらい様々な検討を重ねたが、最終的に新北の言い分を信じ、「やります」と答えた。周囲の先生方にもそのことを伝え、ピックアップ(途中で救護船に乗せる)者が増える可能性も踏まえて、朝食時に対応策を練った。しかし、この大シケには実は多くの問題が含まれており、2つほど私が無視してしまった問題が隠されていた。

一つは、スタート準備が整ってきたが、救助用の手漕ぎボートが1隻足りない。3隻の予定なのに、どうしたのか・・・と思っていると、陸上の監視からトランシーバーで連絡が・・・。

「今野さん、ボートが出せなくて転覆しました」

副手の今野が乗るはずだったボートが、あまりにも波打ち際の波が高くて、沖にボートを出せないまま途方にくれているというのだ。一瞬大笑いものだったが、すぐに笑えない出来事であることに気がつく。

「サポートに出せるボートは2隻しかない」

従って、レスキューチューブを持った補助学生は、泳力不足者に対してのケアに集中しなければならなくなった。もう一つの問題は後に述べる。

指導員

 

(左;思わぬボート転覆の報を聞き、指導員間に緊張が走る)

 

 

そして上級班はスタート。

嵐の遠泳

 

「沖に出る時に、波に怯まなければ大丈夫。出てしまえば、比較的穏やかなうねりになる。帰りは波に乗れるようにすれば比較的速く岸につく」

勝負はスタートから10分。ここでどこまで前へ出れるかが、その後の進路にも響く。

上級班は皆で声を掛け合い、何度も何度も断続的に襲ってくる大波を、スムーズに越えてきた。10分ほどすると、遊泳区域ギリギリのブイの位置までたどり着いた。

「よしっ、行ける!」

そこから海水の流れに沿って移動を開始。隊列の乱れも少なく、近年でもかなり完成度の高い遠泳となっている。時折大きなうねりが起こるが、うねりを越えた後、皆周囲を確認し位置を修正している。至って冷静だ。

帰りは無難に波に乗りながら泳ぎきった。今回の実習では、時折ボディーサーフィンの練習もさせている。従って、岸へ向う波に乗る感覚は、それができる・できないに関わらず皆が持っていた。そのことも功を奏して、上級班は見事全員完泳を果たした。水温が21度であることを考慮し、やや短めの遠泳であったが、一応の課題はクリアした。男子完泳

(左;完泳した男子、女子の精鋭たち)

 

 

女子完泳

 

 

 

 

 

次はいよいよ初・中級班。

何とか前半の荒波を上手く乗り越えろ・・・と期待とも祈りとも取れない感情を持ちつつ、沖で先導船から見守る。入水時には、気合とも悲鳴とも思える声を上げる学生達。とにかく、事故者を出してはいけない・・・私の責任感もピークに達した。

先頭集団は比較的無難に泳いでいる。昨日分断された後方集団も、なんとか離れずに泳いでいる。今のところは好調だ。とりあえずそのまま8分程度は持ってくれ・・・の期待にこたえるように、彼らは頑張った。沖への直線では、ほぼ隊列を乱さずに出てこれた。

しかし、その後の方向転換に失敗し、後方の隊列が少し遅れ始めた。そこでレスキューボードに乗った指導員にチューブを持っている学生の位置どりを指示し、ボードにもできるだけ広範囲で後方の学生達をマークするよう伝えた。その後は、先頭集団と後方集団が完全に切り離され、後方集団もほぼ集団としての形態を取れていないくらいにまで崩れた。遠泳としては「失敗」のデキである。

密かに船酔い

(左;隊列が乱れた模様を見て、ボードの補助学生に指示を出しながら、実は船酔いとも戦っていた筆者)

 

 

 

その後、救助用の手漕ぎボートに、遅れた数名の学生のもとに移動してもらったりしたが、学生の進み具合は牛歩のごとくであるにも関わらず、全員が毅然と救助を拒否。レスキューチューブを持った指導員にも「自分で泳ぎます!」と伝えて、懸命に泳いだ。

先頭集団がそろそろ終盤に差し掛かった頃、後方の数名はまだ最後の方向転換が終わっていなかった。私もさすがに「ヤバイ」と思い、「無理そうなら上げてくれ」とトランシーバーで各所に伝えた。しかし、大量の流血にもレフリーの静止を振り払って殴りかかる、チャボ・ゲレロ戦の藤波辰己(当時)のように、「アイ・ネバー・ギブアップ」の文字を恐らく頭に浮かべながら、数名の学生は岸に待つ上級班の友人に向って、決して泳ぎをやめない。何かあったときにスピーディーに溺者を岸に持って上がれる、レスキューボードの学生によるサポートを指示しながら、先導船がこれ以上岸に近づけなくなった場所で、私は後方から彼らを見守った。

「とにかく生きて岸へ上がってくれ」と祈った約10分後、粘りに粘った後方の数名は、ついに最後まで誰も救助されることなく、全員が岸に上がった。

なんと、大荒れ且つ水温21度という環境の中で、ピックアップ者なし。全員完泳が達成されたのである。

そして、もう一つの私の誤算。

あの大波の中で、前半終了後、私は不覚にも船酔いしてしまっていた・・・。

全ての遠泳が終了した後、顔から血の気が引き、胃から何かが這い上がってくるのを抑えるのが精一杯であった。そう。全員完泳の喜びと共に、よからぬものまでこみ上げてきたのである。

  
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隔離生活

24日世間からほぼ隔離された生活を送っている。

今回は自分のPCが故障中で、メールチェックもできないし、ネットも見れない。普段の生活の中で気象情報を手に入れ、あれやこれや予測している。(左図:Yahoo 天気予報より)

 

前線がやや北へ上がってきた。いよいよ太平洋高気圧の出番か?

しかし、前々夜は夜半から激しい雨が降ってきたし、依然として空は曇り空。

北海道付近にあった高気圧がやや東へ移動。これが今後どのような動きになるかが勝負を分けそうな気がする。

この日も水温は昨日よりやや高めであったものの、せいぜい22度までしか上がらない。どうも、海側の水よりも、川側の冷たい水(陸地から流れる水も含めて)が大量に湾に流れ込んでおり、それらの温度が低いために起こっているいる現象のようだ。

そんな中でも、比較的順調に実技は執り行われた。遠泳の隊列練習も行なわれ、上級班は、競泳経験者が比較的少ないものの、かなりいい感じにできそうになった。一方で、初・中級班が厳しい。どうしても隊列が真っ二つに分断される。泳力の違いもあるようだが、それ以上に荒い波の影響が大きく、特に足が底につかないことに恐怖感を持つ学生は、涙目キープでの練習となってしまっている。しかし、そんな周囲の状況を察してか、ある初・中級班の学生が口にした言葉に、勇気付けられた。

「たとえ隊列から離れてしまっても、僕は最後まで完泳します」

その覚悟に応えられるよう、こっちも補助体制をしっかり整えなきゃ・・・。

蛙

夜、学生指導員部屋に行き打ち合わせを済ませると、部屋の外に蛙がいた。蛙は窓の内側からちょっかい出しても、窓にへばりついて離れない。

「この粘りが大切だ・・・」

そう思って、私も覚悟を決めた。

  
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臨海初日

23日太平洋側の高気圧は本当に頼りない。どんどん前線に押されて行く。北海道側の高気圧がやや北へ移動したっぽいが、この二つの高気圧が前線を挟むことで何か変化が生じるのだろうか・・・。

(左:Yahoo天気予報より)

 

 

相変わらずグズついている。

朝になると曇り空主体であったが、開校式の昼前にはまた雨が降り出した。

開校式はいつもは外の駐車場スペースで行なわれるのだが、場所変更を余儀なくされた。ハナから変更である。しかし、この程度の対応は用意していたので問題なし。

午後の1回目の実習。水温は21度(泣)。しかし、不幸中の幸いとはこのことで、雨はかなり小降りになり、気にならない程度に収まった。入水時に学生達の叫び声や悲鳴が聞こえたものの、思ったほどの混乱はなかった。一応、棄権者が多く出ることを予測して対応策を練っていたのだが、途中棄権者は4名ほどであった。大半は部活動で痛めた箇所が、低温下での運動によって痛みが気になり始めたことから、無理をせず見学させたもので、一人だけ「寒くて身体が硬直した」(本人談)ということでリタイアさせた。

この状況であることを考えれば、出足は上々である。

終了後、とりあえずすぐに体温を戻そうと風呂に入れる予定だったが、ここで誤算。2班に別れている女子の片方の班が、終了後30分もするのに未だに風呂に入れず玄関先をウロウロ・・・。「風呂がまだ空かないんですよぉ」

すぐに教員用の女子風呂の空きを確認して、そちらへ誘導させた。

さて、ここで小さいながら問題が発生。翌日午前の部は、風呂掃除が入る時間帯なので、通常なら実技終了後は水シャワーで済ませ、風呂は入らない。しかし、この状況なら、明日水温が劇的に上がることは考えにくいので、学生達の健康管理上、やはり風呂の準備は必要だ。

そこで、通常の風呂スケジュールを変更してもらい、翌日11時までに大浴場を使えるようにしてもらうよう宿舎に申し出て、すぐにOKの返事をもらった。更に、上がり(実技終了時間)を班ごとにずらすようにして、全員が終了後すぐに風呂に入れるように指示した。フリスタスイムキャンプでも、外プール後の風呂の準備は、佐藤キャプテンによってしっかりと整われていた。低体温は免疫力の低下を招くので、低温での長時間運動後には、このような配慮は必要なのである。

おてんとうさまとの勝負、この日は時間切れ引き分け・・・といったところか。

  
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フリスタキャンプ〜臨海へ

22日

依然として停滞し続ける梅雨前線(左:Yahooの天気予報より)。北海道側の高気圧は不動のまま。太平洋の高気圧はこともあろうに、梅雨前線に負けそうな勢いのなさである。今野がしっかりドラッグしたにも関わらず・・・。

今朝は早くからフリスタキャンプの開会宣言(?)のため、一路碑文谷へ。

ご父兄やお子様に混じって、祖父母の方々の姿も見受けられる。

朝になって、若干日が照り、「今野ドラッグの効果か?」と思ったが、開会式後に曇り空に戻った。曇りであるというのは、特にご高齢の方にとっては日差しによるダメージは若干抑えられるものの、やはりこども達にとっては、やや厳しい条件であろう。水温は24度。学生もとうとう、一部の「過剰な忍耐力の求められるグループ(平野組)」をのぞき、屋内プールで練習したほどだ。

しかし、思えば私は低温は得意であった。というか、悪条件になればなるほど、条件反射的に「頭突きで額を割られながらも、大木金太郎に立ち向かうアントニオ猪木」の図(旧・ワールドプロレスリングのオープニング映像)が頭に浮かび、自然とアグレッシブになるという習性が備わっている。だから、ついででもなんでもなく、私も第1セッションでは普通に入水指導した。

その後、岩原先生の講義の締めに出て、急ぎ足で岩井海岸へ向ったが、せっかく日体の岩原さんと会ったのだから、これは聞いておかなければととっさに判断した。

「日体の臨海どうでした?」

偶然にも、日本体育大と日大文理学部体育学科の臨海実習の開催地および宿泊場所は、一緒なのだ。さすがに向こうは体育専門学部だけに大所帯で、7月10日前後から3クールにわけて行なわれる壮大なものである。ウチはせいぜい100名前後で、7月末の1クールなので規模は小さい。岩原さんは、そこへ指導者として出向かれていたのである。

岩:「いやぁ、大変でしたよ。前半は暑くてしょうがなかったんですけど、後半は寒くて寒くて・・・」

私:「気温や水温は?」

岩:「気温はまぁなんとか・・・って感じでしたけど、水温は20度(!)で、しかも日体の臨海って、嵐だろうが大雨だろうが、とにかく遠泳はちゃんとやるんですよ

私:「え? マジで?」

岩:「最終クールなんかバケツひっくり返したような大雨だったのに、普通にやりましたから・・・。先導船の中も水が溢れかえるような状態だったのに、本当に根性入ってますよ」

この話を聞き、私の魂のゴングが鳴った。空を見つめながら、「見てろよ!」と勇躍岩井に乗り込んだのである。

 

 

 

  
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2006年07月22日

打倒梅雨前線

困ったもんだ。

明日はフリスタジュニアキャンプ。

明後日からは学部行事の臨海実習。

いずれも外の環境を使用するものである。

今週は仕事の合間に、常に天気図とにらめっこ。この雨続き。おてんとうサマの考えるこったから仕方ないこととはいえ、何とかならんのか・・・と画面に向う。思えば、小学校3年だか4年だかの自由研究で夏休み中の天気図を絵日記風に書き写して出したのを思い出す。その効果か理屈はともあれ、何となく気圧の動きや配置の変化などは読み取れるようにはなっている。昨年の臨海実習では3日前には台風上陸を宣言し、前々日には実習での指導案変更の準備に取り掛かれた。芸は身を助けるとはよく言ったものだ。

頑張れ!高気圧っ!

yahooの「天気」参照

北海道の北東側にある高気圧は滅多に出ない停滞高気圧らしい。これがどかないから、偏西風の流れが二股に分かれて日本を二方向から挟むような流れとなり、中国側にある低気圧から発生した雨雲が、続々と日本を横断するように流れるために、梅雨前線が停滞する要因になっているとのこと。

 

ここは一つ、太平洋側の高気圧に力をつけてもらい、ググッと梅雨前線を押し上げてもらうか、テコでも動かない停滞型の高気圧に降りてもらうしかない。

しかし、そう簡単に気圧配置なんて変わらない。それでもどんな苦境にも最後まで戦う癖は抜けていない私は、ついに「北海道北北東沿岸に出来損ないのノドンだかテポドンでも落ちれば、少しは高気圧が移動してくれるだろうか・・・」などと恐ろしいことまで考えてしまう。逆に高気圧をつぶしてしまい、酸性雨の原因をつくるだけか・・・。しかし、何か高気圧を動かすか、梅雨前線を移動させる方法はないのだろうか。

じっとPC画面を見ながら苦悩した末、木戸修の一瞬芸、起死回生のキドクラッチのように、ようやく一筋の光明を見いだした。よしっ! この手があった! すぐに学科の事務方・今野氏に依頼。

「今野さん。この天気図のここの高気圧(太平洋岸)を、左方向へドラッグしておいてもらえる?」

高気圧の青い丸が左側に動くように、必死の形相でマウスを操作する今野氏。

「なかなか動きません!」

「むむっ、やるな。あと1000回ドラッグすれば、少しは動く。学生達のためにも、少しでもいい実習にしたいなら、そのくらい我慢してやってくれ」

「わかりました」

さしものキドクラッチも、「動かざること山の如し」のゴリラ・モンスーン(台風も近くにいるだけに)には通用しないのか・・・。あぁ、梅雨前線よ、好きなもん食わしてやるから、頼むから早くどいてくれ。

(ということで、明日から実習先へ出張しますが、しばらくの間ブログ更新はできないと思われますので、過去モノで楽しんでおいて下さい)

  
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2006年07月20日

祝・王監督手術成功!

トップアスリートの指導をしている人なら、誰しもが経験する胃の痛み

王監督の胃がんは、恐らくWBCの頃に発症したものではないか? 5センチという大きさと、時期的なこと、がんの成長度合いなどを考えるとそう思わざるを得ない。しかし、転移なしの見込みと共に、手術が成功したということで、私もなぜかホッとした。プロレスリング・ノアの小橋健太選手の腎臓の腫瘍摘出も成功したとのことで、二重の喜びである。

王監督は、我々が子供の頃からのスポーツマンアイドルである。当時、私は中日・星野投手ファンだったが、おはよう子供ショーで王選手(当時)のホームラン世界記録を記念してつくられた歌ができた時は、一生懸命覚えようとしたものだ。ライバル球団のファンさえもとりこにしてしまう凄さが、王・長島にはあった。堀内にはなかった。残念ながら。

しかし、王監督の手術成功は今後、ダイエー番記者やスポーツライター達を苦しめることになる。なぜか?

スポーツ記者やライターは、苦悩する指導者に対してほぼ必ずといって良いほど「胃の痛むような・・・」という比喩を使う。しかし、全摘出した王監督には、胃がない。したがって、今後どんなにダイエーが苦境にさらされようとも、誰も「胃の痛む苦しみ」という言葉は、王監督に対してのみ使えないことになる。

実は、「胃も痛む苦しみ」という言葉は、書く側からすると非常に使い勝手が良い。誰しもが味わう痛みであるがゆえに共感も得やすく、ついつい使ってしまう言葉であるが、これに代わる言葉はなかなか思い浮かばない。せいぜい「苦渋の決断」とか「頭を抱える」「頭が痛い」「神経をすり減らす」「辛酸を舐める」「断腸の思い」などがケースによっては使えるくらいであろう。しかし、「胃が痛む」は、前出のどれも当てはまらない感覚を持ち合わせている。いわゆる、事前の「緊張感」や「状態不安」という、学術的にもかなり限られた空間や環境での心理的ストレスをわかりやすく表す言葉でもあるがゆえに、特にスポーツ、野球のモノ書きの方々には「胃の痛む思い」に取って代わる言葉の開発を余儀なくされるのである。

しかし、本当に苦しいのは王監督ご本人であることを考えると、こんなこと書くのも申し訳ない気もするのである。週に一度は、カレーでごはん800グラム食える自分の胃が、なんとも無駄に強いように思えて仕方がない。

  
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2006年07月18日

激泳の代償

原コーチが書いて下さったとおり、無事4泳法2往復を泳ぎきった。

今日、その模様をビデオで見たが、まぁ悲惨なものだった。水着にまったく身体が慣れていないので、バックのバサロは完全に下向き姿勢になるは、平泳ぎの足はかかってないは・・・。やはりどんな道具でも「事前に試す」ことが必要だ。

先日JISSへ代表合宿を見に行った際、イアン・ソープ選手のイベントに帯同した経験のある某チームのコーチから「ソープはホンマに水着着るんに30分かかんねん」と言われた。書く言う私も、実はこの手の水着の着方を今一心得ておらず、レース2日前の試着の際には片足通してから紐を締めるまでに、約15分もかかった。15分っていやぁアンタ、グラント・ハケット選手が1500mをひとレース終わる時間だ。しかもガッツポーズしたってまだ余るわけである

昨日は、サブプールでアップしている際に、時間計算の中に水着の着用にかかる15分を入れるのを忘れており一瞬焦ったが、幸いにも競技進行が若干遅れ気味だったようで、いらぬ心配に終わった。更に、今回は10分で着用完了したので、「水着の着方」についてはある程度の学習効果が認められた。

さて、今日今頃になって、節々のダメージがあぶり出し状に表れてきた。

腿の肉離れ、恐らく左大腿四頭筋、大腿直筋の筋腹あたりである。痛みはあれども我慢すれば歩行動作には差し支えないので、恐らく軽度のものであろう。最後のクロールの際にやった。多分ラスト15くらいで、水着のおかげで水面上に上がる足を、ガツンと蹴りいれた際に大腿部に衝撃があったので、これは覚悟していた。しかし右側も、さっき駅の階段を下りるときに違和感と若干の痛みがあったので、肉離れとは行かないまでも、やはり相応のダメージがある。右殿筋の痛みは、3ヶ月前からあり快方に向っていたが、これでまた元の木阿弥だ。

そして、今になって右肩も上がりにくくなってきた。思えば、昨日のレースの平泳ぎのラスト20mで、既に肩周りはパンパン。クロールでは回すのがやっとの状態であった。その上、クーリングダウンの際には普通に泳いでもフィンガーネイル(指先を水面に滑らせながら泳ぐドリル)になっていた程である。右肩は選手時代の古傷というか、関節鼠状のものが肩の奥にあるため、普通に回しても骨の鳴る音が聞こえる。とはいえ、バタフライで腕が上がらないのは聞いたことあるが、クロールで腕が上がらなくなるなんて、30年泳いでいて聞いたことがない。

それにしても、40にもなってそんなにムキにやらんでも良い筈なのに、頑張りだすと選手の頃の記憶からか、はたまた研究や指導の過程で培ったあふれ出る知識が浮かんでか、「こうやって動け!」という指示は運動野や小脳から軽く出せる。更に、神経まではその指令が伝わる。しかしその反面、筋は日常でそんなことやっちゃいない(要は練習してない)から、そういう「きついことしたら筋や腱がどうなるか?」のフィードバックは全くといっていいくらい受けていない。だからとりあえず制御するものもなく動いてしまうんだろう。その後のことなど省みず・・・。

現役時代は、そんな私の「自分を省みない頑張り」で勝ち得た栄光も少しだけあったが、一部にそれが賞賛されていたことは事実であった。しかし、いちマスターズスイマーとしては、ここまで自分を追い詰める前にやるべきことはある。どうかこんな私のヘタリ具合を参考にしていただき、これを反面教師として日々の努力の必要性を感じていただければ、ここまで恥を忍んで暴露した甲斐もあるあるというものだ。

しかし、だからといって年に1回、一生私は身体を張って、こんなことし続けにゃならんのかと思うと、やたらと切ない。アペオスのCFが、やけに胸に突き刺さる・・・。

  
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