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2010年09月02日

ケとハレ

作家、柳田國男氏によって言われるようになった、「ケ」と「ハレ」。

詳細はこちらでご確認ください。

水泳部の学生やスタッフらにとっては、前日アップで辰巳入りするところから、

「ハレ」の状態に突入となる。

その中で、学生は「ハレ」を体現する者としての振る舞いが見られるだろうし、

我々は「ハレ」を演出するために、時に熱くなったり、

時には冷静に彼らの行動を分析することが求められる。

 

「ハレ」の舞台に上がることは、誰にでもできる。

しかし、そこで勝ち残ることができるのは1チームしかないし、

勝ち残れるヤツは、1種目に大抵1人しかいない。

その「選ばれし1人」になるためには、

ここまでの努力は当然として、試合会場での努力も必要となる。

いわば、「ハレ」の舞台でもっても、何らかの努力が必要となり、

それらをきっちりとやり遂げた人に、栄冠は輝く。

 

我々が10月のキックオフ・ミーティングから、

じっくり時間かけて取り組んできた強化活動こともさることながら、

当日現場で行なわれるレース分析や、

様々なエルゴジェニックなケア、

小沢、黄海トレーナーらによる身体のケア・・・。

これらはより正確なコーチングで「ハレ」の、

しかもその頂点に届かせるために、

現場で欠かせないものである。

 

昨日、これまで取得したレース分析のデータを眺めていたが、

懐かしい名前も沢山あるけど(笑)、

別に誰に必要とされたわけでなく

「ただのお節介」で私と淳也さんとで始めた取り組みが、

今や学科の学生を巻き込んだ、一つの学びの場ともなっているのは感慨深い。

 

「ハレ」の舞台だけの特別な舞台装置だったものが、

「ケ」、すなわち日常の学習の「種」となってきた。

こういう傾向は、臨床医学の世界に近い。

癌の早期発見〜除去への過程は、

まさに昔は「ハレ」だったけど、

ウチの父の手術などは内視鏡のみで、開腹なし〜2日後退院などという、

10年前では考えられないことが既に「ケ」の世界のものとなっている。

 

昨日のレース分析スタッフ打ち合わせ。

普段はスタッフに淳也さんが説明をしていたのを、

初めてゼミ生に託してみた。

すると、水泳方法論やらゼミMTGなどで私からずっと口うるさく聞かされている話を、

彼らは口々に、ちゃんとリピートしてくれた(笑)。

 

今年は、フィードバック方法にひと手間加えた。

プリンタを会場に持ち込むことになった。

選手に対して、データをより分かりやすく表示するようにしてみた。

数値を感覚で取り込めるように。

それも、淳也さんとゼミ生たちがボランティアで、

エクセルを操作して、時間をかけて準備してくれたものである。

なぜみんな、そこまで頑張るのか?

 

きっと、多分、

「ハレ」の世界の頂点に立つ仲間たちの姿を、極めて近い傍で見られることもまた、

我々にとっては「ハレ」なのだからではないか?

答えは、勝ってみなけりゃ分からない。

なので、勝って欲しい(笑)。

  
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2010年08月31日

概ね30年ぶりの松江市民水泳

この一件から、

今回の大会参加となった経緯は、

ブログ読者の方はご存知だろうが、

実際の会場では、私が出ているのを見て、

「え? なんでここにいるの?」

的な空気が充満したらしい(爆)。

 

大会エントリーは、私の師匠である須山コーチが支配人を務める

「テルサ・ドルフィンクラブ」から行ってもらったのである。

そのクラブの会員さんに対しては、

事前にレッスンを通じて告知させていただき、

私も面通しをさせていただき、

皆様の承諾を得て寄せてもらった・・・ということであった。

ただ、大先輩の坂本弘さんとリレーを組むという目的が果たせなかったのは、

残念極まりない。

是非来年は実現させたいと思う。

レースはこっちのプール?

 

 

 

 

 

大会のあったプールは、2004年のインターハイ(台風一過だったらしい)の会場。

後に本学に入学して日本人初の49秒台を叩きだし、

今業界で話題騒然の人気DVDにも主演している佐藤久佳が、

この会場でこそっと200IMに出ていたという(笑)、

あのインターハイのあった場所である。

アテネ五輪の影に隠れていたため、ご存知の方は少ないかもしれないが・・・。

 

その横にはこんなレジャープールがあり、

夏休み最後の日曜でもあったため、賑わってた。

のどかな大会

 

 

 

 

 

 

で、レジャープールと屋内の短水路は一般貸出だったため、

試合はメインプールのみ。

私自身も、恐らく千葉・天台のプールでの冬場の千葉県選手権以来、

クールダウンできない環境での試合となった(爆)。

しかも、現代のレース用水着を1日3回も着たことも初めての経験だった。

ペプチド5袋とリボースがなければ、今頃ひん死の重傷だったかもしれないが(笑)

、なんとか乗り切った。

さらにしかも、レース用のスイムキャップを忘れたためにメッシュで泳いだが、

最初の50Frがジャパンマスターズのプラス0.15秒くらいで収まり、

その後のリレー2種目は正式掲示はなかったものの、

最後のフリーリレーは引き継ぎで26秒1くらで泳いでいたらしいので、

まぁ大健闘だろう・・・と自画自賛しつつ、

これまたスイミングスクールの後輩である金田慶列クンの焼き肉屋さん、

「若富」にて、見事に打ち上がった(笑)。

泳いで⇒飲んで⇒盛り上がるという図式に、

地方と関東圏の格差はない(爆)。

むしろ地方の方が、食べ物が美味くて得した気分にさえなれる。

 

この大会。

実は35年前、私が初めて100m自由形のレースに出た大会である。

その当時は子供たちの大会・・・という印象だったが、

今では「子供6:大人4」くらいの比率の大会になっていた。

出生率低下なども原因なのだろうが、

早めに大人対応の大会になったことで、

参加者数はそれなりに維持され、なんとか存続しているようであった。

それと気がついたのは、高校生の出場者が小・中学生に比べて少ないこと。

地方ならではの理由というか、

おそらく大学受験による競技中断などの影響はあるのかもしれない。

とはいえ、大会ののんびりした雰囲気からは「存亡の危機」までは行かない感じだが、

こういった、市民大会レベルの競技会がもっと盛り上がって、

参加者が増えるように、頑張ってもらいたいと思う。

 

それにしても、灼熱地獄だったこの大会。

競技役員の皆様は本当にお疲れだただろう。

地域のこういった大会は、役員さんの人数確保も重要な問題だ。

逆に、少ない役員数で開催できるような規約改定なども必要なのかもしれない。

アメリカなどは、選手父兄に役員ボランティアをさせる・・・というルール作りで、

なんとか地域大会を運営しているが、

日本もそろそろ、そういう時期に差し掛かってきたのかも知れない。

しかし、そんな環境における試合だったのに、

役員さんは一人も熱中症で倒れなかったというから、

そのタフさたるや・・・スゴイとしか言いようがない。

本当にご苦労様でした。

 

そして、スイマーとしての私のルーツともいえる大会が、

規模が小さくなったり無くなるのは寂しいので、

是非、今後とも頑張って盛り上げていただきたいと思います。

  
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2010年08月28日

あと6日

いよいよあと6日でインカレ開幕。

あと8日でインカレ終了(笑)。

「初めてのインカレ」って連中も多いが、

「最後のインカレ」というやつらもいる。

が、どいつもこいつも、「日大の戦い方」でもって、

最後の最後、ギリギリまで最善の状態をつくるべく、

マック我慢したり(笑)、コーラを最小限にしたり、

日を避けスポーツドリンクのペットボトル片手に治療院に通ったり、

選手たちはそれぞれが徐々に、しかし確実に、

「準備万端」に向かっている。

明るい未来へ向かって・・・

 

 

 

 

 

 

 

みんな、いい顔してるよなぁ・・・。

青春だよなぁ・・・。

こういう時間が人生の中にあるって、

スゴイことだよなぁ・・・。

あと4日もしたら、

もっといい顔になるんだろうなぁ。

 

え、誰かビビってるって?

トミダがビビってる?(笑)

あぁ、そういう人も、実際には代々、確実に一人はいたなぁ。

ちょっと前の村崎くんもそうだった。

柴田くん(現コーチ)も実は2年生くらいまでは、結構ピリピリしてたよなぁ。

もっと昔でいえば、

「ノミハート」こと・・・、

あ、やめとくよ(笑)。

ま、でも、その「ノミ・ハート」の彼も、

名古屋インカレの50Frで日本新出したんだもんなぁ。

心臓はあくまでも「ノミ」だったけど(爆)、あんときは見ていてコーフンした。

でも多分、スタッフさえも副将であることを忘れていた「アダッチーズ」も、

いつも明るいけど、昨日の25From Diveが12秒2だったので、

何気なく内心実はビビってると思う(笑)。

 

ま、そういうビビリぃなヤツがいるってのも、

いつものウチらしい・・・(爆)。

なので、ビビっている人たちは、

田口信教先生の教えじゃないけど、

せめて一日一善を心がけ、

自分に運が向くようにしてくだされ(笑)。

 

さて、昆明合宿から一緒の中村咲子選手に、

パンパシから帰国して、早速水泳部ブログ書かされそうな勢いの

上田春佳選手も合流し、

あとはセントラル勢が入ってきて、

いよいよ橋本真也ではないが、

「土岐が来た!」・・・ではなく、

「時が来た!」となる。

・・・ん? 本当にそうなるのか?

わからないので、数日後に確認の上更新します(笑)。

ど~ですか、このゆる~い感じ・・・? 

  
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2010年08月23日

やると言ったからには・・・

そうなのである。

この日、ちゃんとやると声高らかに宣言したので

昨日は、千葉県野田市のルネサンス野田にお邪魔して、

DVD販促イベントとなる、

「野口 in 野田(勝手に命名)」を行ってきた(笑)。

ま、正直、

一番DVD売ってない私への罰則だわな・・・。

 

そんなネガティヴな理由ではないにせよ、

DDT路上プロレスばりに、「プールのないところで水泳の指導はできないのか?」とも思っていたため、

こういった各所に回る指導はやってみたかったのである。

 

で、ちなみにここは、私の研究室出身の青木唯さんが勤務しておる関係から、

上記のブログでの情報をもとに問い合わせがあり、

購入条件を満たしたため、指導を行わせてもらったわけだが、

事前のスタッフの皆様の「温め具合」が抜群で、

非常にお客さんたちのコーチング需要もある中、

個人的には大変指導しやすい環境で、指導ができた。

まずは、DVD映像を見て・・・

 

 

 

 

 

まずは、↑にあるように私が持参したモバイルPCに、用意していた画像を紹介し、

それを見ながら選手の動きを解説する。

私が説明し・・・

 

 

 

 

 

次に、そのドリルを行う際の注意事項を私の方から説明し、

実際の動きの中で、身体の内部感覚情報を伝える。

みんなでトライしたのを、私や他のスタッフの皆様で指導し・・・

 

 

 

 

 

 

で、それらの動作を実際に行い、体感した感覚と、

求められる動きとの調整を、

現地スタッフと一緒に、比較的木目細かに行う。

・・・とまぁ、レッスンの流れはフリスタで行うイベントに比較的近いが、

DVDで実際にヒサヨシ選手の見事な動作を見ながら・・・というのは、

非常に刺激的であったようだ。

こういったやり取りを3〜4回繰り返し、

バタフライを泳ぐための重要なポイントを理解してもらい、

さらに継続してバタフライを学びたい方はDVDを買って、

それらを見ながら練習することを強く推奨して(笑)・・・、

最後に記念撮影

 

 

 

 

 

 

90分のレッスンを終了した。

一緒に指導に入られたコーチの皆様の感想は、是非コメント欄にお願いしたいものだが、

こうやって、各地に自分たちが作り上げてきたノウハウが広まっていくのは、

素晴らしいことだ・・・と思えた。

 

地元のルネサンス野田、近隣の春日部店の皆様には、

集客から指導に至るまでご協力いただき、

また懇親会代もごちそうになってしまい(笑)、

ありがとうございました。

平泳ぎやクロールのイベントもできますので、

また呼んでください。

DVD買って・・・ってことで(笑)。

  
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2010年08月19日

極限の厄落とし

緊急帰国したのが、いつだったか忘れた(笑)。

昆明で家内から連絡を受け、母が危篤であることを知り、

通訳のシュウさんらの尽力により、帰国便の手配をしてもらった。

自分の仕事は倉澤コーチと、

自称「チーフマネージャー」篠崎クン、練習係の前田クン(両者、体育学科)に引継ぎ、

まだみんなが寝静まっている時間にホテルを出たて、空港に向かった。

 

あいにく国内では台風通過で、その日に故郷行きの飛行機が欠航になってしまったが、

大阪から翌朝の便で帰京。

・・・で、

今に至る。

 

私が不在だった10日間程度の間に、家内が大変な思いをしながら、

素晴らしい対応をしてくれていたおかげで、

最初の頃は私自身の仕事はそう激しくなかったが、

入院した母よりむしろ、生活能力のない父の方が、

その後大変なことになった。

とりあえず最悪の事態は逃れたが、

実家が「一家壊滅寸前」になってしまったことは、

長男として非常に重く責任を感じているところである。

 

父は、高卒で軍備関係の工業系の仕事に着こうとしていたが、

なぜか公務員となり警察学校に入った。

乗り物好きが高じて交通機動隊に入り、

30年間勤続で表彰もされた、バリバリのバイク野郎だった。

あまりにも現場が好きで昇級試験さえもパスしていたが、

母に促されながら勉強し、どんどん昇進し、

定年退職するまでの間、よく働いた。

しかし、退職後は、

「天下り」などが各所で問題になる世の中になり、

その社会現象が父にも飛び火し、

不本意にも、彼は余生を生きるための仕事には就けなかった。

さりとて、その他の職業訓練を受けていたわけではないので、

もう15年くらいは、退職金と年金でもって、

ほとんど母と二人で「毎日が日曜日」の生活だった。

そこから、両親の生活力の低下が始まり、

ここ数年はかなりそれが急激な変化となって、

我々もどうしたらいいものか、悩んでいた。

特に父は、それまでは仕事の付き合いなどで飲みに出たりすることが多く、

野菜も魚もそれなりに食していたのだが、

そういった付き合いがなくなったとたん、

肉・肉・肉の毎日になり、

野菜は一切食べなくなった。

ちょうど、今のウチの水泳部のショートの広〇クンや、

長距離の茂〇クンのような食生活になってしまったのである(笑)。

そこから父は高脂血症が起こり、脳への酸素・栄養素の供給量が低下し、

脳萎縮が始まった。

なので、先ほど挙げた二人を含む、

ウチの選手で野菜嫌いの君たちも、

あと数年その食生活を続けていたら、

就職する頃にはうまいこと脳萎縮が始まるから(笑)、

今のうちに改善した方が良いと思うよ。

競技者としてでなく、それ以前に人間として、

きちんと生きるために・・・ね。

 

で、話を父に戻そう。

 

数年前、私は「このままじゃ、そのうち父はボケる」・・・と危機感を得て、

東京に来いとか、

食事の宅配を頼もうとか、

運動か何かするように仕向けたりとか、

色々と挑戦した。

しかし、どれもこれも全く聞き入れてもらえなかった。

そうこうしているうちに、昨年末に父は血尿からの「膀胱がん」発見となり、

1月に手術で小さいながらも多くのがんを除去。

そこから半年間の通院と放射線治療。

一応、転移は認められなかったものの、

もう一つ別に潜んでいた病気が刻々と進んでいた。

で、今回の大惨事寸前・・・と相成った。

 

最初は母の危篤のための帰京だったのに、

その母は少しずつ回復していて、

気がついたら主役は父に代わっていた。

どんな親や!(笑)

 

日ごろ、時折マスターズの指導をしたり、

健康運動指導の現場を見たりして、

いつも高齢者の運動機会の必要性を感じていたが、

我が両親こそ、本当はそういう習慣づけをしてやらねばならなかった。

いや、やったけど、運動のフィールドに出てくれる事は、

最後の最後までなかった。

自分の力不足だった。

今回の一件の後、両親がどこでどう生きるか、

まだまだ不安なことは多い。

しかし、これから高齢になる我々は、

この反省を日々の鍛錬とその普及につなげ、

こういった不幸な家庭が減るよう、努力せねばならない・・・と思うのであった。

 

まだそれらのコトはすべて片付いてはおらず、

継続的に様々な対応が必要となるが、

まずは、緊急で二人の人命がどうにかなってしまう状況だけは、

回避することができた。

ご迷惑をおかけし、ご協力いただいた多くの方々には、

改めて感謝申し上げひれ伏すしかない。

 

ただ・・・、

もうインカレ前に「何か」が起きるのは、

正直、

勘弁して欲しいのがホンネである。

「厄落とし」というにはあまりにもキツ過ぎる。

昆明から帰国後の私の記憶を、

一気に消してしまえる消しゴムを、

是非、中田クンに出してもらいたいものである(笑)。

  
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2010年08月12日

笑ってはいけない高地合宿2

毎朝、朝食時にお茶のタンクが出るのだが、

たまにリクエストしないとないときがある。

お茶のことは、「茶水(ちゃーすい)」といえば通じる。

「持ってきて」というのがイマイチわからなかった。

で、通訳のシュウさんに聞いて、覚えた!と思ってたのに、忘れた。

「小島先生、『お茶ください』って、『ちゃーすい』に何加えればよかったんでしたっけ?」

小島先生は胸を張って言い放った。

「茶水来来!(ちゃーすいらいらい)」

 

・・・正解は、「我要茶水(うぉーよぉーちゃーすい)」

ドキドキしていないで、コーチの話を聞け!

 

 

 

 

 

 

 

身体と心の支え

 

 

 

 

 

 

標高1850mの高地に慣れてきた頃の第2クール。

選手たちは様々な工夫で、折れそうな心を凌いでいる。

このボトルは、小林勇斗副部長のもの。

大塚製薬から提供のエネルゲン、

田辺三菱製薬から提供のD-リボース、

自分のプロテイン、

こちらのサービスのミネラルウオーター。

エネルゲンボトルには、

「思わざれば花なり、思えば花ならざりき」

「身体知」の重要性を表す言葉。

心身ともに、大舞台への準備は着々と進んでいる。

 

せっかく海外くんだりまできて、

練習ばかりというのもどうか? 

我々は学校運動部であるため、

こういった合宿では、社会教育的配慮も求められる。

そのため、西山(シーザン)への観光を挙行。

標高2500mの山に、汗だくで登った。

私は、身体教育的価値を高めようと、

SPO2を計測しながら上った(笑)。

ゼミ生、ショートグループも頑張ってます!

 

 

 

 

 

 

途中棄権者がでたりしたが、

てっぺんから見下ろす「究極の上から目線」は、

それぞれが楽しんだようだった。

頂点で叫べ!

 

 

 

 

 

「おーい、お前らそこから何か叫べ!」

「え? なんて叫べばいいんですか?」

「ほら、『インカレとるど〜!』とか」

「あ、じゃぁやります!」

せ〜の、

「我爱你(うぉー、あい、にー)!」

直訳すれば、

「愛してま〜す!」

棚橋弘至か!

 

  
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2010年08月07日

笑ってはいけない高地合宿

にいはお。

昆明に来て5日目。

本学水泳部の強化合宿・第2クール初日を迎えた。

 

ここ昆明は知る人ぞ知る高地トレーニングのメッカで、

陸上長距離の方々もよく来られる。

標高は1850m。高地トレーニング施設としては若干低いが、

ウチには「初めてのおつかい」ならぬ「初めての高地合宿」という者が多いため、

ちょうどいい標高であると言えよう。

標高と酸素濃度の対比表などは、

スイマガバックナンバーに出ているので割愛するが、

経験的には、この高さからは100m上がるごとに、

身体への反応は大きく異なってくるような気がする。

実際、こちらでいろんな測定をしながら日々の健康チェックを行い、

トレーニング運営にあたっているが、

個々に様々な反応を示しており、

その変化は、低酸素環境に対する反応の「個人差祭り」さながらといったところである。

読めん・・・

 

 

 

 

 

 

 

で、当たり前だが、

中国なので看板は全て漢字。常用漢字でないものも含めて、

漢字が苦手な本学の体育推薦で入学した学生たちは、

生活面でも四苦八苦である。

何かあると、「Yahoo 翻訳」で日本語から中国語に訳し、

メモにその漢字を書いてフロントに持って行ったりしながら、

えっちらおっちらと過ごしている。

師弟

 

 

 

 

 

そして、今回の合宿にはセントラルから小島竜司コーチも参加し、

土岐、土井選手のセントラル所属の日大勢と、

平野雅人コーチのグル−プの長距離2名+東京SC所属の中村咲子選手を指導していただいている。

その指導風景に刺激を受けながら、

我々も頑張っている次第だ・・・が、

コーチ陣一人、プールサイドに姿がない。

え・・・?

ひょっとして・・・?

まさか・・・?

師弟

 

 

 

 

 

 

おおっ!

往年の名長距離スイマー、

ロンドンに向け、現役復帰か?

1998年以来の、思わぬ師弟コンビ復活に、

プールサイドは凍りついた。

この合宿、

いつから「笑ってはいけない高地合宿」に

なってしまったのか?(笑)

いずれにしても、インカレまであと30日を切った。

待ったなしの強化期に、

なんだか微妙な笑いを含みつつ、突入する我々であった。

  
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2010年08月01日

臨海だん!

臨海実習を終えた。なんとかギリギリ無事で。

初日・・・昼に開校式を行ない、1回目の実習。

しかし、実習途中で暴風雨発生。実技時間50分経過時点で「遊泳注意」となり、

すぐさま「遊泳禁止」の旨をライフガード・ステーションから告知されたため切り上げ。

夜の吉本教授の講義は予定通り。

二日目・・・雨がやまず、雷もあったため、午前中は遊泳禁止が解けず。

そのため、浜で行なう予定だった「平泳ぎの脚動作指導法」と、

夜に行なう予定だった「AED講習」を、午前中に繰り上げて宿舎体育館で行なった。

昼の時点で、ガードステーションの旗が「遊泳注意」に変わったため、

午後の実習を1時間繰り上げて午後1時から開始し、

前日・当日朝の講習で行なう課題も含めて、3時間かけて実習を行なった。

夜の講義は繰り上げたため行なわず、各自筆記試験対策の時間に充てるよう指示したが、

なぜか、「肝試しタイム」になってしまった。

肝試しを試験課題にすべきだったか?(笑)

 

3日目・・・通常なら午前中に遠泳だったが、

前日の「遊泳注意」下における指導では、水面のラインが腰までのところで練習するよう指示があったため、

沖に向かって泳いでの隊列練習などが全く行なえなかった。

そのため、咄嗟の判断で、遠泳の際の指揮船の船頭さんにお願いし、

遠泳を午後にスライドすることに成功。

そして、午後の遠泳のことも考慮したうえで午前中の練習時間を縮小し、

午前中に隊列練習を行なった。

午後は開始時間を1時間繰り上げて遠泳を行ない、

A、B班ともに事故なく終了。

Bは残念ながら途中棄権者が1人出たが、健康上の理由でなく、

単なる泳力不足だった(笑)。

夜には筆記試験を行なったが、

我々が採点している最中、学生たちは花火大会となったようだ(笑)。

 

4日目・・・朝、閉校式。

今年度で定年退官される早田卓次教授、木村多喜教授、吉本俊明教授に対して、

各担当班だった受講生からの花束贈呈があり、

先生方から一言、お礼と訓話をいただいた。

特に木村先生の年齢を聞き、

女子学生が「え〜、そんな年に全然見えない!」と仰天していた(笑)。

 

その後、6名のペナルティおよび2名の自主参加のもと、

1時間強の補講を行なった。

最初に、金野准教授による「柔道式ウオームアップ」。

次に、私からの様々な諸水(諸注意水なれ)の方法の体験。

淳也先生による「ウェーディングとドルフィンスルー」の特訓とリレー。

そして、「KOD(キング・オブ・ダメ人間)無差別級王者決定戦」とし、

1対1の「ビーチ・フラッグス」ならぬ「ビーチ・サンダルス」(サンダル争奪戦)の、

負け抜き(勝ち抜きの逆)を行ない、

今実習の最高のダメ人間を決めた(笑)。

しかし、そいつには一言こう付け加えた。

「ダメ人間のまま終わるんじゃねぇぞ」と。

是非その学生には、

1年以内にタイトル移動できるよう、努力されることを望む。

そして、バレー方法論を受け持つ水上教授より、

バレーボールを使用したコーディネーション・トレーニングを行ない、

最後は受講生同士のハイタッチで、無事に実習の全ての行程を終了した。

臨海だん!

 

 

 

 

 

 

その間に、実習機材の後片付けを行なっていたライフセーバー研究会、

水泳普及研究会、私と淳也さんの授業のSAたちと、昼食。

今年度も、急な予定変更や実習時間延長、

宿舎の部屋不足など(笑)、

様々なあり得ないことに、全て笑顔で前向きに対応し、

受講生からの感想文でも、過分なほめ言葉を多数いただいた。

なんで彼らにそんなことができるのか・・・って?

それは、「鍛えているからだ〜!」(by HARASHIMA

 

さて、オダ、トーマ、サトー、シッシー、ドイちゃん、コヤマは最後の臨海指導。

いろいろな思いがあっただろう。最後の臨海くらい、無事にやりたかったとか(笑)。

しかし、その記念すべき機会にこういったことが立て続けに起こったのは、

彼らにもう一つ成長してほしいという、神のお告げだったのかもしれない。

無事故で終わったから言える話だけど(笑)。

で、きっと今日は打ち上げで様々な話題をネタに重溺になるのだろうが、

ひと時労をねぎらったら、

学生時代最後の夏を充実させるべく、4年生には頑張ってほしいし、

それ以外の面々も、この臨海以上キツくて楽しいの経験を、

どんどん積んでくれることを祈る。

 

さて、

海外渡航の準備・・・と。明日朝移動し海外逃亡します。

Twitterができないと噂される国へ(爆)。

  
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2010年07月27日

いよいよ臨海うぃる!

先週は結局、

月曜から金曜くらいまで、

自分がなにやったか明確に示せない(爆)。

土曜には午前中に仕事を済ませ、

午後、夏休みで暇になる愚息の生きる道を作りに奔走した。

結果オーライだが(というか、そうなって欲しいが)、

ここ2年は、新しい服が変えない状況に自らを陥れた(涙)。

 

日曜はDDTの両国興行を観に行った。

フリスタのスタッフは、本当に彼らを見習うべきだ。

インディが勝ち残るには、発想力が必要だ。

メジャーが絶対にできないことをやる。

人一倍働く。

労働基準法なんてクソくらえ!くらいの勢いで。

なぜか?

価値ある面白いものを見せたいという欲望のもとには、

法も条例も関係ないのだ。

むしろ、法がこっちにあわせろ!的な、

そんな魂の強さを、DDTの興行に感じることができる。

もちろん、やってることには一切違法はないのだけれど、

両国国技館をふんだんに使ったダークマッチは、

多分、両国の関係者から怒られたに違いない(笑)と思えたからだ。

 

猪木さんも昔よく言っていた。

「頬をひっぱたいてでもこっちに振り向かせる」と。

我が業界も、生き残るにはそういう気概が大切だと思う。

 

月曜日は、朝勉からの大学からの合宿所からの勉強会。

今日は大学からのジムでのカウンセリング。

やっと、自分も実践者として貴重な経験を得ようとしている。

メッチャ楽しみだ。

 

さて、明日から臨海実習先へ移動。

今年は台風の心配はいらなさそうだが、

熱中症の心配をしている。

一応、例年よりも諸々配慮はしているが、

やってみなきゃわかんないのが臨海実習。

また、実習中はいろんな先生と深く会話できるのが楽しい。

私自身が比較的視野の広いものの見方ができるのも、

こういう機会に恵まれているからなのだと思う。

 

ただ、明日の朝、

自らが編集委員長を務める学会誌の進行と、

一科目だけ成績評価をつけねばならない。

引き続き、ガンバレ、俺!(by 大家健)

  
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2010年07月22日

「Playning」の試み

今年度の自分のテーマ(今頃言うなって!)は、

「Playning」である。

これは造語で、「Play(遊び)」と「Training(トレーニング)」を掛け合わせたものである。

3月のスポーツ方法学会(現・日本コーチング学会)のシンポジウムで、

筑波大の長谷川清聖先生が最初に話された言葉である。

 

私なりにそれらを解釈し、

それ以降、従来のスポーツ・トレーニングにおける「鍛錬」「根性」などの要素を、

ストイックに追及する・・・というところから一旦離脱してみたいと思ったのである。

そして、遊びながら自然にキツイことに立ち向かわせ、

様々な身体諸能力の適応をはかろう・・・という壮大な試み(笑)である。

 

既に終わったマスターズ・ワークショップは、

それに「学び」の要素が加わったものであった。

大学で行っている新規科目「健康・スポーツ教育実習(ウータースポーツ)も、

いろいろと私なりに様々な遊びを「実験」しながら、

徐々に水中遊びの本質と、身体への負担や身体適応を観察していた。

「水泳方法論」で行った「水遊び実践」では、

50を超える遊びのバリエーションを作り出すことができた。

おそらくそれらは、

臨海実習や後期の水泳2の授業でも役立てられることだろう。

 

閑話休題。

「水泳1」では、そんな余裕はなく、

それ以前に「ゆとり教育」によってどっぷり「ゆとってしまう」(笑)生活に浸った若い連中のケツを叩き、

まずは「実技を学習する人間としての心構え」を学ばせることが主眼のため、

あえて「Playning」の対極に位置する「ストイック」なカリキュラムにした。

泳ぐ技量が足りない学生に対して、

無理にハードルを下げてテストを合格させるのではなく、

「足りなければ自主練習して補わないと、単位は出せない」

・・・という、スポーツの中にある「厳しさ」の側面を分かってもらうためでもある。

「ゆとり」で育った人が、そのままゆとりにどっぷり漬かったまま体育教員になって、

「ゆとり」を再生産することを、我々がここで食い止めなければならないのである。

 

今度行われる日大スイミングでは、

「Playning」のエッセンスが含まれたプログラム作成を、

淳也チーフに指示している。

水難事故が増えているのは、公立学校のプール数の減少が無関係ではない。

また、それらの学校のプールでの水泳指導力の低下は、目を覆うものがある。

加えて、中学や高校でも、

水泳をきちんと教えられる体育教員はどんどん減っている。

これは、文科省の教員養成の基準の改訂が大きく関わっている。

「水泳を指導できなければならない」⇒「水泳を指導できる方が望ましい」(要旨)

たった語尾のほんの少しの改訂によって、

「水泳が教えられない体育指導者」がわんさか増えた。

島国日本でのこの現状は、どこかで歯止めをかけさせなければならない。

これ以上、水難事故により不幸に陥る家族を、増やしてはならないのである。

だから、ここで水泳の楽しさを知り、

泳げるようになるために必要な諸能力を築き、

水泳に対する理解者を一人でも増やすことができれば、

相当うれしい(笑)。

それらを持ち帰って、各学校で広めて欲しい。

教員が変わらないのなら、

生徒の力で教育を変える・・というのもアリだと思うのである。

 

さて、今回の教室では、

大手スイミングクラブでは「安全管理上絶対にできない楽しいこと」をやろうとしている。

だから、父兄席から「〇〇教室とやってることが一緒だった」という声が聞こえたら負け。

「来年また来たい」「冬もやって欲しい」という声が聞こえたら勝ち。

水泳業界では「インディ」である我々の強みを、

存分に見せてほしいのである。

かといって、安全管理は怠ってはならない。

それは、マスターズWSのウオーキングで、GPSの必要性を実感し経験済みだ(爆)。

指導に入る人たちは、その辺の意識を高く持って、

指導にあたって欲しいと請い願う。

  
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